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2005/01/28

泡立つシャンパンの杯がある

泡立つシャンパンの杯がある

岩國修一さん

に、銀座の
「久兵衛」

でご馳走になる。
 岩國さんは、お酒をどんどん頼んで、お腹が
一杯になった。
 
 カウンターに座る人たちの顔をなんとなく
見ていたら、とても鮮やかな赤い服を
着た女の人がいた。
 そで口に丸い毛糸の飾りが沢山着いている。
 隣の男の人は、なんだか少し憂いに満ちた
ような、落ち着いた顔をしている。

 そのコントラストが興味深くて、
 飲みながら、なんとなくちらちらと
そちらを見ていた。

 帰る時に、店の人があれは杉田かおると
その夫だという。
 私はテレビをあまり見ないし、
最近週刊誌でそのニュースを読んでいた
だけだから判らなかった。
 いずれにせよ、
二人の落ち着いた雰囲気が印象に残った。
 きっと、波長が合っているのだろう。
マスコミで報道されることは、あまり参考に
ならない。

 岩國さんに「二次会」で連れていって
いただいたバーから、下を見ていると、
美術館ビルの下から、ひっきりなしに
迎えと見送りの女の人が出てくる。
 漱石の『三四郎』に、こんなことが書いて
あるのを思い出していた。

 三四郎には三つの世界ができた。一つは遠くにある。
与次郎のいわゆる明治十五年以前の香がする。
すべてが平穏である代りにすべてが寝ぼけている。
(中略)第二の世界のうちには、苔のはえた煉瓦造りが
ある。片すみから片すみを見渡すと、向こうの人の顔が
よくわからないほどに広い閲覧室がある。梯子をかけな
ければ、手の届きかねるまで高く積み重ねた書物がある。
(中略)
 第三の世界はさんとして春のごとくうごいている。
電燈がある。銀匙がある。歓声がある。笑語
がある。泡立つシャンパンの杯がある。そうしてすべての
上の冠として美しい女性がある。

 銀座には泡立つシャンパンの杯がある。一方、大抵の
人の仕事というのは地味な職人の世界だ。
地味な仕事の世界からシャンパンの
世界を見ると、三四郎のように感じるのだろうが、
中に入ってしまえば、それもまた職人的な
地味な仕事と感じる瞬間が来るに違いない。
 つまりは、感性は差異に規定されている。
デリダあたりがそういっているんじゃないのか。

1月 28, 2005 at 08:09 午前 |

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