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2005/01/04

夏目漱石と明治日本

文藝春秋 特別版 夏目漱石と明治日本
は、読み応えがある。正月休みに、ぱらぱらと
拾い読みをしていたら、胸がいっぱいになってしまった。

 編集がとても上手で、アンソロジーというのは
印象がどうしても薄くなってしまうものだが、
 書き下ろしの原稿のどれもが面白い。
 これで1000円は安いのではないか。
 書店にまだ売っているかどうか判らないけれど、
とりあえず買って損はない。

 表紙に「日露戦争100年」とあるように、
日本の近代史の文脈に重ね合わせて漱石を
論じる、という構成になっている。
 思えば、明治という時代も、漱石という
作家もやはり特別な存在で、
 歴史の中で二度と同じことは起こらないのでは
ないか。
 共感と誇りと悔悛が混ざった、何とも言えない
感じを持つのは、1962年生まれの私も、
明治以来の近代史の文脈の連続性を生きてきた
からだろう。

 明治という時代が二度と繰り返さない、
というのは、
 もちろん、西洋という巨大な存在に出会って、
日本が必死のキャッチ・アップを試みた、
あのような文脈は二度と来ない、という意味で、
今後中国が巨大になって、別の意味での苦闘が
生まれたとしても、明治の文脈とは全く
違ったものになってしまうだろう。

 その、巨大な精神運動の中で、漱石は
常に懐疑的な目を向けつつ、しかし自らを
生みだし、育んでくれた社会を愛することを
やめなかった。
 よく、外国に住んでいて、すっかり精神が
向こうのパターンになってしまって、
日本を批判ばかりしている人たちがいるが、
ああいうのを信用する気にも愛する気にも
ならないのは、漱石の潔さが彼らにはないから
だろう。

 船曳建夫さんが、「坂の上の明治人 夏目漱石と
司馬遼太郎」というタイトルで寄稿していて、
大変面白い。
 一部引用。
 
 『坂の上の雲』と題された司馬遼太郎の小説は、
若き日本ーー英国ではYoung Japanと呼ばれ、
挿絵などにも、若者と描かれもしたーーの、日露
戦争までの立志伝であった。(中略)「坂の上の雲」
を目指して登ってきた日本は、その坂の上にたどり
着いたのであった。
 そこで日本は何を考えたのか、明治維新後四十年で
たどり着いた坂の上から、今度は四十年をかけて、
最初はだらだらと、しだいに前のめりに、最後は
三番目の強国の米国との勝算の薄い戦いに転げ
落ちていったのだから、漱石と同じく、坂の上で
何を考えたのか、または何を考えるべきだったのかは、
日本近代史の大きな問題として私たちに突きつけられて
いる。

 「大きな物語」がなくなったのが現代とされるが、
文脈を見いだすことは実は創造的な行為でも
あるのだろう。

 私の場合、自然科学という文脈と、
それ以外の文学や芸術、人文学という文脈を
結びつけるのが苦闘の現場だと思っている。
 もっとも、坂の上の雲というメタファーはここでは
成り立たない(キャッチアップではないから)。

 メタ認知がない人間はどうも信用ならない。
 きっと、現代という状況を大きな目で見れば、
そこには、クオリアに限らず、一生を賭ける
に値するだけの切り口が沢山見つかるに違いない。

 漱石の小説を読み、漱石について書かれた
文章を読んで胸がいっぱいになるということは、
きっと大切なことなのだろう。
 そんな思いで満たしてくれるような作品も
創造者も、なかなかいるもんじゃない。

1月 4, 2005 at 07:40 午前 |

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