« 初夢 | トップページ | 新年の誓い(New Year's Resolution) »

2005/01/02

魂の衣をはぎ取られて

子供の頃、蝶を追っていた神社に行く。
 元旦の恒例行事である。

 日本の高度経済成長は、同時に間断なき環境破壊
だったなあと思う。
 早い話が、私の脳裏にある神社のまわりの風景と、
現在の風景があまりにも違っていて
重ならない。

 結局、今までの資本主義経済の体制の下では、
何の経済的な(金で数えられる)価値も生み出さない
自然は、ムダだったということだ。
 年経た大木が倒されることに心を痛める時、
その心はお金に換算できない。
 だからこそ、木が倒されても、経済は痛くも
かゆくもなかった。

 しかし、今や時代は変わって、たとえば、近所を
流れるドブ川が、タナゴが泳ぐ清流に戻るならば、
月に千円くらい出してもいい、という人が多いんじゃ
ないか。

 自然を取り戻す、という方向に経済活動を
持っていくためには、つまりは自然が金を生み出す
ような仕組みをつくるしかない。
 その過程で、大木が切り倒されて心が
痛む、ということも、お金に換算せざるを
得ない、するべきだ、ということになるだろう。

 もはやポストITを考えるべき時期だと
思う。
 エコロジーに配慮した経済のインフラは何なのか
ということを、
 マジメに考えてくれる人はいないか。
 オレも、時々は考えて見るけどさ。

 

子供の頃、毎日のように通った神社にも雪が降って


 子供の頃のことを思い出すと、なんだか
自分が裸になったような気がして、その感じが
とても良い。

 年を重ねるにつれて、様々な社会的文脈の
中に絡め取られていく。
 その文脈の中で、一生懸命仕事をする、
というのも尊いことだが、
 たまには文脈の衣を脱いで、
裸にならないと、
 精神のどこかが麻痺していく。

 故郷に帰ると、自分のことを、社会の中で
どうのこうのということには関係なく、
裸の人間としてしか見ない人たちがいる、
という意味のことを中上健次が書いている。
 
 正月に故郷に帰ることには、
魂の衣をはぎとって乾布摩擦するような効果が
あるのかもしれない。

1月 2, 2005 at 07:50 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 魂の衣をはぎ取られて:

コメント

「エコロジーに配慮した経済のインフラは何なのか」
この一文強く心に残りました。
私は中小企業の1員に過ぎませんが、
その中でこの大きなテーマに取り組むつもりです。

ことしもご活躍お祈り申し上げます。

投稿: | 2005/01/04 11:08:32

コメントを書く