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2005/01/16

Morning Rain

雨は降っていたが、ここのところずっと
走っていないので、
 パーカーを着て外に出た。

 公園は人の気配がなかったが、木立の
中を歩いている人たちはいた。
 犬の散歩をさせているのである。
 もっとも、彼らは傘をさしている。
 私は、フードさえも何だか邪魔に感じられて、
髪の毛をむき出しで走る。

 森の斜面で転んで、手が泥だらけになった。
 地面がつるつるしていたのである。
 そのまま走り続けた。

 身体が姿勢を崩し、
地面に打ち付けられるまでの短い
時間に、脳はどのように学習するのだろう。
 もはや、転ぶことは贅沢な体験のように
感じる。
 もっとも、雨の中を走り出し、
わざわざ森の斜面を駆け上がった時すでに、
 無意識に転ぶことを求めていた
わけでもあるまい。

 雨の中を歩く、というメタファーは
好きだ。
 とりわけ、morning rainの中を
歩く、という考えにとても惹かれる。

 確かPPMにそんな歌があったな、と思い、
検索した。

In the early morning rain with a dollar in my hand
And an aching in my heart and my pockets full of sand
I'm a long way from home and I miss my loved ones so
In the early morning rain with no place to go

 悲しい歌詞だけど、メロディーはある種の幸福感
に満ちている。
 雨が降ると、自分の身体のまわりの空間が
とてもプライベートでコージーなものに感じられる
のは何故なのだろう。

 morning rainの中を走っている時のやわらかな
繭も良かったし、
 それを破った身体の墜落も味わい深かった。

 なぜ、朝の雨じゃなければならないのか、という
ことは、詩と表象の領域に属する問題である。

1月 16, 2005 at 12:01 午後 |

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