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2004/12/20

当たり前のことに気が付くために

 来年の夏、京都造形芸術大学で
集中講義をする件で、
 椿昇さん、次期学部長の大野木啓人さん、
渋谷城太郎さんと、渋谷の
セルリアンタワー東急ホテルの「坐忘」
でお会いした。

 渋谷駅で、
小学生が一人リュックを背負って歩いている
のに出会った。
 その子は、ダウン症だった。
 ああ、元気そうだな、と思って
通り過ぎ、
 セルリアンタワーに向かう歩道橋を
歩いているときに、はっと気が付いた。

 私たちは、ダウン症の子供を見ると、
ああ、ダウンの子なんだな、と思い、
その子の顔の形や、表情の中に、
私たち「正常」な人間の顔の中には
あると思いこんでいる
バラエティをそれ以上読み取ろうとしない。
 
 しかし、それは本当はおかしいはずだ。
ダウン症の子の顔にだって、美人もあれば、
やさしい顔もあれば、コワイ顔もあれば、
池上高志もあれば、茂木健一郎もあれば、
塩谷賢もいるだろう。

 ダウン症は、
 21番染色体が3本あることによって
引き起こされる。
 この世に、「正常」も「異常」もない。
 ただ、いろいろな生の在り方が
あるだけのことである。
 だから、本当は「症」ということばが
おかしいのであって、
21番染色体が3本ある子供の生の在り方が
ある、ということだけのことである。

 ダウンの子を見て、ああ、ダウンだ、
と済ませるのではなく、その中にある無限な
個性の豊かさを、どのように見ることが
できるか。 
 それは、おそらく判っている人にとっては
当たり前の話なのだろうが、
 その当たり前のことに気が付いた渋谷の
横断歩道はありがたかった。
 ありがたさの質において、クオリアに気が付いた
1994年2月のガタンゴトン体験と
変わりがあるわけでもない。

 椿さんたちとの会話は、ヴィジョンに満ちて
いて楽しかった。
 来年の夏は楽しくなりそうだ。

 芸術が、認知変容を起こすことができるもの
ならば、
 タコ壺化して行く現代に、真のヒューマニズム
に基づく総合を取り戻すためにこそ、芸術を
使いたい。
 そんなことを、12月の寒空に思う。

12月 20, 2004 at 08:17 午前 |

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コメント

「当たり前のことに気が付くために」

そうですね 自分の事が一番わからない、、、他のもの から。
他人を見て、、逆に自分を知る、、教えて頂くと言う謙虚さ、、、

大事な事は、謙虚さ、、
それを それも意識せずに 知る、、
しないでも そう感じられる状態を作るには やはり「無」「  」の心にしておく 
そうしないと浸透圧が高く 入り込む隙間がない、、許さない! のでしょう。

問題は、、「  」にするには、、、どうすれば良いのか、、、
なんですが、、すぐに解答を求めたがる、、、
早道は、、、何事にも 苦労する事、悩む事、これしかない、、、、
それも 真剣に悩む、所から見えてくる、、、
と言うよりも、だから そこから教えて貰える。
、のでは、、
まだまだ、、、自分でも 無理ですが!!!


「芸術が、認知変容を起こすことができるもの、、、」

何時も感じるのですが わかりやすく言うと 絵画でも音楽でも
それを作った その人の気持ち などは、、どうでも良い事の様に
感じるのです。それを見て聴いて どう感じるか、、?

(作者自身も 分身でもある作品がその様に多くの自己を持つ事に喜びを 
 感じているのでは、、)これが 非対称が想像を超える その事ですね。

と言う事では、、ないのかなーーー 何も人の評価を気にする必要
もない。  なぜそれが気になるの、、、、
気になるのは、、逆に、、疑問が出るのは、、本当に良いと思わない
証拠ですね。(何処かに それが 引っかかっている)

自分が良い 欲しい、、何時も傍に 置いておきたい、、、、
なぜかと 言えば 自分にない感性が感性を 刺激するから、、、
では ないのかなーーー
自分の中の感性の「もやもやが」それにより 具体化される これ
に喜びを、、感じている、、、のでは、、、

この喜びは、、キラキラ輝き、、よりリアルに 感じるのですね。

それは、、
元々自分の中にある物が その刺激で 表面化する。(意識する)
その触媒の働きが、、、アートでは、、、、

それは言葉の様な 決定的ではない事だから ゆえ触媒になりうる。

だから アートはその可能性を十分秘めている一手段でしょう。
でも不思議ですね、、、

元々誰でも内部に 蓄積されている様に感じます。自己が出来る以前
から 人の記憶は某大なメモリに貯えられている様にも感じます。
それも意識せずに収集している、それがプログラムされている この不思議、、
、、長くなりますから この辺で
置きますが、、多重人格になる過程に 心そのもの のヒントがある 
脳の可能性を表現している
様に感じます、、、どうでしょうか、、?

投稿: tkz | 2004/12/20 15:41:41

いつも興味深く拝見しております。
人間の顔つきについてですが、SF作家の
テッド・チャンが『あなたの人生の物語』
(ハヤカワ文庫)の中の短篇で『顔の
美醜について』という面白い作品を書いて
います。
それは脳に「美醜失認処置」をほどこしたら~
というお話です。
チャンは寡作ですが、書くたびにヒューゴー賞
など、SF関係の賞をとっている注目の作家の
ようです。ご参考までに。

投稿: 長谷邦夫 | 2004/12/20 12:34:06

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