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2004/12/26

宝くじに当たらない人だって

科学大好き土よう塾の収録で、NHKへ。

 前日に台本とVTRが届いて、
コメントなどを考える。
 そのVTRをつくるドキュメンタリー・
ジャパンの煙草谷有希子さんなどは大変で、
最後の一週間はNHKに泊まり込みだそうである。

 金曜日に打ち合わせをした
ディレクターの福井茂人さんも、
「いや、これからNHKに戻ります」と
落ち着いた笑顔で言われた。
 クリスマス・イヴの夜である。

 テレビというのは、典型的な絞り込み
メディアだと思う。
 リサーチの中で立ち上がった様々なアイデア、
仮想が、
 最後にオンエアされる映像に向かって絞り込まれて
行く。
 その絞り込みを支えるために、たくさんの人たち
が働いている。

 今回のテーマは、「喋る機械」で、
人間の声を録音してつないでも、なぜ不自然に
聞こえるのか、
 イントネーションやアクセントなどの視点から、
考える。
 とても興味深い内容になったと思う。

 文字ならば、それを単位として並べかえれば
自然な文章になるが、
 音素は、実はそうはいかないのである。
 「あいしている」という音素の連続は、音としては
実は
 「あ」+「い」+「し」+「て」+「る」
という音素だけではなく、その中間の「つなぎ」
の音も入っているし、音素がどの場所に
来るか、どのような文脈に置かれるかに
よって、アクセントやイントネーションも変わって
くる。
 つまり、「あ」という要素は、文字で書けば
一種類だが、音としては無限のバリエーションが
あるのである。

 以上のようなことを、小学生にもわかるように
構成した内容。
 人間が喋る、ということの奥深さが
少しは伝わるのではないか。
 放送は2005年1月15日(土)の予定。

「土よう塾」の室山哲也さん、中山エミリさんと

 収録を終えて、渋谷の公園通りを
歩くと、パルコの前に美しいツリーがあり、
カップルが携帯電話でその様子をとっている。

 ぼくが学生時代とはずいぶん違う風景だけど、
なんだかほっとした。

 最近、いろいろなことに対してやさしい気持ちに
なっている。
 美や真理の絶対基準は確かにある。
 しかし、それに拘泥すると、どうも「生きる」現場
から遠くなる。
 それぞれの置かれた文脈の中で、一生懸命
つくったものが、絶対基準に達しなくても、
まあそれはそれでいいじゃないか。

 フェルメールやニュートンのようなものに
達することができたら、それは僥倖という
ものであって、
 僥倖に恵まれなくても、生きる、という
ことの方がきっと大切だ。

 パルコのツリーをつくった人も、設置した
人も、その光景を携帯で撮っているカップルも、
きっとそれぞれの文脈の中で一生懸命
生きているんだろう。

 たとえどんなにしょぼくても、ださくても、何かを
つくっているということはきっと素晴らしい
ことなんだと思う。
 そのようなしょぼく、ださいものの群れの中から、
ほんの時折、神の世界に達するものができあがって
くるわけだが、
 それはつまり宝くじに当たるようなことなの
であって、
 宝くじに当たらない人だって、充足した
生を生きているのである。

12月 26, 2004 at 07:28 午前 |

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コメント

モギケン日記は随分と昔から毎日の楽しみにしていたりして、美味しいものを食べていたり、旅行にいってたりして、まったくヨダレがでてしまう、羨ましいかぎりな日記であります。ふがふが、まあそうではありますけれども、楽しんで読ませてもらってます。今日の日記はまったくグッドな感じでありまして、中山エミリさんと並んでいる写真なんかグッドでした。びたみんならば、右半分だけの写真を残しておくことにします。1月15日の放送が楽しみであります。まあ、そんなこんななわけですけれども、来年も是非とも、クオリアな年でありますようにと思うのであった。ぶひぶひ

投稿: びたみん | 2004/12/26 19:53:18

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