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2004/10/11

子供にしか見えないもの

先日、京都精華大での講演会の後で、あいさつに
こられたのが橋本露亜さんで、福音館の編集の方だった。

 そのあと、福音館の小学生向けの雑誌「おおきな
ポケット」と絵本を数冊送ってくださった。

 日曜の午後、
 小雨の中走った後、ソファでゆったりと読んだ。
それで、最近気になっていることをまた思い出した。
 子供の方が大人よりも仏性に近い、という思想の
ことである。

 ベルグソンが、記憶というのは脳の部位に物質的
に記録されているのではなく、ただ、運動と結びついた
想起の契機が失われるだけだ、という説を唱えている
ことは知っていて、以前から気になってはいるが、
きちんと考え詰められていない。
 そのベルグソン説と共鳴する回路で、子供の方が
賢い、ということがどうも気になる。

 谷川俊太郎は相変わらず理屈っぽくって、詩という
よりは散文のように感じるが、
(まさにTVコマーシャル向きだ!)
ユリー・シュルヴィッツ作・画の「よあけ」という
絵本は、なんだかしんみりと夜の静寂を感じてしまって、
「子供の方が賢い」「もの言わぬものの
方が賢い」という感覚が魂にストレートに届いて
くる気がした。

 その賢さを、大人の知性に至る通過点、転回点
としてとらえるのではなく、むしろ子供の時にしか
接することのできない、彼岸の淡い気配のような
ものがあるという文脈でとらえる時見えてくるもの
は何だろうか。
 
 このことをきちんと説明しようとすると実は
とてつもなく難しいし、ひょっとしたら心脳問題の
核心にかかわるポイントではないかと思う。

 パリから買ってきたチョコレートがおいしくて、
どうも食べ過ぎる。

 

10月 11, 2004 at 08:29 午前 |

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コメント

茂木先生のブログいつも色んな気持ちで読んでいます。
今回は仏性なる言葉が出てきましたので驚きました。
先生は輪廻転生のような考え方を否定しているタイプかと思いましたので。
でも、先日のトークセッションでは「死んだ人がどこにいるのか」ということが最近とても気になるとおっしゃってましたね。
私は、仏教が唱えるような輪廻転生チックな話を肯定します。
なぜなら、物質としての肉体と同じように魂のようなものも「有機的」であると思うからです。
「魂」と「肉体」のように二元論で話をしてもなんの問題解決にはならないのは百も承知ですが、ふたつが何かをきっかけに結びついた時「生」を受け、それらが完全に関係を絶たれたときが「死」という現象ならば、子供の方が魂度が純粋であるのは当然です。
チョコレートをたくさん食べてしまうのは、いわゆる子供と同じです。
先生も年の割には魂の純粋度が高いのではないでしょうか(笑

投稿: wenhui | 2004/10/11 10:02:16

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