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2004/10/01

美とは何か。

 美とは何か?
 それは、贅沢なものか、それとも、生きる上で
欠かせない必需品か?
 
 いろいろな考え方があると思うが、
一つ確かなことは、美と向き合っている時の
私の意識が、張りつめ、すさまじい
精神的エネルギーを消費しつつあることだ。

 難しい問題を考え詰めている時とは
異なる回路で、美は私を精神の酸素欠乏
状態にさせる。

 初代長次郎の作品などが展示されて
いる楽美術館に行き、茶碗を見る。 
 赤楽はまだよくわからないが、
 黒楽は好きだ。

 見つめていると、精神の中にいろんな
渦が生じてくる。
 
 銘を能から多く採っていて、
その中に「姥捨」があった。
 解説に、「現在では老婆を捨てる
悲惨な話というイメージが強いが、
本来は、一人山に残された老婆が静かに
舞い、月の光に明々と照られて次第に
浄化していく様を描いたものである」
とあることに深く感動。
 
 黒楽を見ていると、その全てを
浄化する月の光がさえざえと見えてくるではないか。

 京都精華大学へのタクシーに乗ると、
「びっくり坂」を通る。
 あまりにも急勾配なので、びっくりすると
言うのだ。

 冬など、普通のタイヤではとても登り切れません、
と運転手さん。

 講演はmp3でとったが、ここのコネクションが
細くてアップできず。
 おそらく今夕にはアップすると思います。

 新潮社の北本壮さんのたくらみで、
『脳と仮想』が20冊用意されていたが、
全て売れた。
 講演終了後、一冊一冊サインした。フラワー
ピッグを描いた。
 北本さん、がんばりました。

 京都精華大学のスタッフ、それに
束芋さんも
加わって、祇園のお店で打ち上げ。

 Memoirs of a Geishaを読んで、祇園を訪れる
アメリカ人の頭の中には、どんなファンタジーが
渦巻いていることだろう。

 一人店に向かう途中、顔を紅潮させてそぞろ
歩きしているきまじめな青い眼の青年に出会い、
ふとそんなことを思った。
 晴明どころじゃない。祇園こそ、京都
ファンタジーランドの渦の中心ではないか。
 
 私にとって
京都は常にファンタジーの王国であった。
 
 逃げるのは得意である。南座近くのバー
「写楽」の二次会
から走って逃げ、
 朝食のレストランの列に嫌気が差して、
一名様ですか、と言われたが逃げて、
ホテルの前の道に出たら、「ビビンパ屋」
があった。

 朝から石焼きビビンパを食べながら
読むものもないので店内にあったリクルートの
Town Workを読んでいると、
 世の中にはいろいろな仕事があるな、
と思いながらも、
なんだか途方もなく不安になった。

 アマゾンはやっと修正されて、新しい
書評を一ついただいた。

10月 1, 2004 at 08:21 午前 |

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受信: 2007/02/23 16:46:31

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京都精華大学 アセンブリーアワー  講演 『脳から見た美とはなにか』 計97分(... [続きを読む]

受信: 2009/07/20 19:35:53

コメント

> 一人山に残された老婆が静かに舞い、月の光に明々と
> 照られて次第に浄化していく様

それは罪悪感がそう見せるのかも。稚児の人身御供とか、旅人を殺して金品を奪った者が仏からの授かり物として伝説になるとか、被害者を神格化する物語。
舞う老婆も、彼女の役割を従容と演じ、その物語の中で完結させていく共有されたファンタジー。
捨てる側がその身の浄化を願う。

ただ、ストレートな美ではなく、正邪を超えたところに日本的(って外国のコトはよくわかりませぬが)な情緒を感じます。

投稿: nomad | 2004/10/02 1:09:56

拝啓。茂木健一郎様
 美とは何か。たしかに美しいものにはそれ自体からなにかしら語りかけるもの、発するものを感じ取ることができます。創作者の魂のこもった作品はなおさらです。
 今とは違う時代の名作が時代を超えて私たちのこころを撃つのは、私たちの欠落したなにかをまた奮い立たせようとしてしているかのように存じます。
 文学界10月号にて茂木先生の作品を拝読させて頂きました。その「その一方でITのもたらした情報の洪水は私たち人間の精神を脅かす公害になりつつある。」というくだり。以前情報学に関するレポートを記述する際、参考文献を読みあさっていたら、小生も情報化社会がもたらす犯罪等は、一種の公害なんではないのか? と思ったことがあります。今日、図書館にて以前小生が思ったことを論述されていたのを拝読し、再びその考えが鮮明によみがえってきました。ありがとうございました。長い追伸でしたがご容赦くださいませ。
 

投稿: | 2004/10/01 12:59:38

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