2015/02/07

通過儀礼こそが、生命を新たにするー御燈祭ー

二月上旬は、例年、私の中で、どこか引っかかりのある季節となっていた。
 というのも、畏友、白洲信哉氏に、毎年のように誘われるからである。
 ところが、日付の記憶が曖昧なので、つい、前後に何か用事を入れてしまって、支障が生じる。その度に、「またですか」と信哉氏があきれ、それから、少しかなしそうな顔をする。こっちは、心がきゅっと縮む。
 そんなことが数年続いて、ついに、ある時、いっしょにお酒を飲んでいて、信哉氏は、「もういいですよ!」とすねた。
 見ると、目のあたりが赤く染まり、その中はかえってらんらんと輝いている。
 「あっ、ごめんなさい。今、この場で書きます」
 2月6日に、「火祭り」と記した。信哉氏のごきげんがなおった。

 年が明けてから、「だいじょうぶなんでしょうね」と念を押された。
 「はい。」
 「じゃあ、13時過ぎまでに、新宮に来てください。名古屋10時に乗らないと、間に合わないですよ。」
 早起きは、得意である。
 駅に着くと、信哉が、改札の外に待っていた。やあ、と手を挙げると、さっと目を合わせてから、あっちの方を見て、あいまいな顔をしている。
 それでも、口元は、笑っている。シャイな男なのである。
 信哉の横に、桜井さんの顔がある。
 「あれ、いらしていたんですね。」
 それだけではない。後藤さんも、谷本さんも来ている。
 男五人で、車に乗った。信哉が運転する。
 「どこに行くのですか。」
 「まず、ホテルです。着替えの用意をしてロビーに集合!」
 「着替えっ?!」
 桜井さんが、ヒートテックを二枚持ってきているからだいじょうぶだ、みたいなことを言っるので、私はあせりはじめた。
 「あれ、信哉、白装束とか、全部用意してあるとか言ってなかったっけ?」
 「いや、待っている間、お山は寒いからね。いつものTシャツですか? まあ、大抵、だいじょうぶでしょう。」 
 おいおい、大抵も、何も、とてもだいじょうぶだとは思えない。 
 幸い、ホテルのすぐ近くに衣料店があったので、放熱する下着を買った。身につけるものは、全部、白くなくてはいけない。
 信哉が、へへへと笑っている。何がへへへだ。
 ロビーで待ち合わせていると、後藤さんが、ステテコ姿で現れた。その上に黒いダウンジャケットを着ているので、まるで、「出オチ」である。
 爆笑していると、後藤さんも、私たちがまだ、普通の格好をしていることに気付いたらしく、そのまますごすごとエレベータに戻っていった。 
 いくら御燈祭といっても、ステテコ姿で街を練り歩くわけではない。
 当たり前の服装に戻って、ほっとした表情の後藤さんが、かえって勢いよく先頭に立って、新宮の街を歩き始めた。
 もっとも、後藤さんは行き先を知らない。
 ホテルの裏道を行くと、左手の山に、赤い社が見える。
 「あそこまで上るのですよ」と信哉。
 「見えるかな。ご神体。うっすらと岩があるのがわかるでしょう。」
 信哉は、そのお姿を遙見できる部屋に、いつも泊まるのだという。

 「ここです。」
 玄関から顔を出したのは、鈴木理策さんだった。
 「お久しぶり!」と笑っている。
 「あれ、理策さんの家で着替えるのかあ。」 
 「それはそうですよ。わかる人に手伝ってもらわないと、とても山には上れない。」
 信哉が指す、装備もろもろを見て、なるほどと納得した。
 白装束がある。縄がある。理策さんが、テーブルに座って、白いひねりものをつくっている。お賽銭だという。松明がある。ひらひらがついている。「花」というのだという。寄せられた板に祈願を書き、名前と数え年を記す。 
 縄の締め方も、素人にはちょっとわからない。きゅっきゅっと巻いて、鎌で切る。ちょこんと、しっぽのようなものが残る。
 「横綱だあ」などとふざけていたが、縄が締まると、さすがにぎゅんと心が引き締まった。
 「この出で立ちは、つまりね、われわれはね、一度ね、死ぬんですよ」と信哉。
 御燈祭りは、よみがえりの儀式でもあると世間では言われる。 
 「いちど黄泉の国に行きましてね」と桜井さん。
 信哉は、ここ十年ばかり、もう何度も、一度死んで、よみがえっているらしい。
 「この祭りと、春日大社の御祭り、それから、東大寺のお水取りだけは、毎年行くことにしているんですよ。生きている中で、それくらいは精進しないとね」と信哉。
 出で立ちが決まって、ほっとしたのか、信哉はもう座ってお酒を呑み、さっそくの精進を始めている。
 私たちも、なんとなく心が決まって、精進にかかった。しかし、上る前はやりすぎちゃいけない、くらいのことは心得ている。
 日がだいぶ弱くなってきて、理策さんが「そろそろ」と言って立ち上がった。
 わらじを履くのも一苦労である。「歩いているうちに緩んでくるから、きついくらいにしめて」というので、えいえいと引っ張っていたら、親指の付け根がひりひりといった。

 さてさて、われわれ上り子衆は、地元の鈴木理策さん、常連の信哉、一度経験済みの桜井さん、それに、私を含めた初心者が数名連れだって、新宮の街をいく。
 時が満ちたのであろう。あちらこちらから、白装束の集団が現れ、同じ方向に歩いている。 
 山に上る前に、まずは、ゆかりの諸社に参拝するのだという。
 あちらからもこちらからも、白装束の人たちが集まってくる。3歳くらいの幼児や、親にかかえられた子どももいる。
 新宮に生まれ、こうやって祭りに参加する幼い心に映る風景は、どんなものだろう。
 もう、先に済ませて道を戻ってくる人たちもいる。 
 「たのむで〜!」
 カチ!
 「たのむで〜!」 
 カチ!
 すれちがいざまに、松明を斜めにぶつけあって、そうやって声をかけ合う。ある程度こわした方が、松明に火がつきやすいというのである。
 信哉の花は、いつの間にかとれてしまった。
 気付くと、道のあちらこちらに花が落ちて、風で揺れている。

 日が暮れて、やがてとっぷりと落ちた。
 肌にさわる空気もだいぶ冷たくなってくる。
 山のふもとに近づくと、白装束がもはや雑踏のひとかたまりとなって、ゆっくりとしか進めなくなった。
 ここが最後、という参拝を済ませて、いよいよ鳥居をくぐることとはなった。
 
 「じゃあ、行きますか。」 
 「はい。」
 「ここからは、難しいから、はぐれたら、ご神体の右側で。」
 「ここからは、難しいから」という、信哉のひとことが、闇に溶けていくような気がして、それが、あとから思えば「この世」とのつかの間の別れだったのである。

 鳥居をくぐると、すぐに上りが始まった。
 今や、群れとなった白装束の上り子たちが、暗がりの中を、踏み上がっていく。
 とんでもないことが始まってしまった。だが、後悔しても、もう遅い。
 上り始めて、すぐに、そんな思いに満たされた。
 これは、階段ではない。岩のかたまりである。狭く、急で、足元があやうい。気をつけないと、ほんとうに危ない。
 「落ちるときは、顔からいった方が、怪我が軽くてすむで。」
 どこからか、そんな声が聞こえる。
 冗談とも思えない。 
 闇の気配にじっと目をこらす。
 「わっしょい」
 「わっしょい」
 かけ声が、前から後ろから、響き渡ってくる。いつの間にか、自分の声も、その響きの中に加わっている。
 「わっしょい」
 「わっしょい」
 それが、生きていることの、ただひとつの証しであるかのように、かけ声にすがりながら、足は岩にしがみつき、それでも少しずつ、上っていく。
 いつの間にか、信哉たちとははぐれた。
 もはや、岩の坂の上で腰をかがめるしか、存在のあり方はない。それ以外の生が、かつてはあったのだろうか。名前もなく、区別もなく、ただ、山の上を目指す、白い流れとなる。
 溶けて、消えていくことが、甘く、心地好いということを知る。
 それは、生命の「時」をさかのぼる旅だったのかもしれない。

 上り切ると、鳥居が現れた。
 その向こうが、「結界」であった。
 右手に巨大な岩があり、白装束たちがひしめいている。急峻な斜面を、今なお、上ろうとしている者たちがいる。
 岩の裾をへめぐる。
 赤い社が見えてくる。その右手に、巨大な岩。しめ縄が回されていた。
 あれが、信哉が言っていた、ご神体であろう。 
 周囲に、白装束たちがざわめいている。
 ここは、すべての「個」が消えてしまう場所。 
 はかりごとをしても、めぐりあえるものではない。
 もう、それでもいいと、心を決めて、空の星を見上げる。
 天上の光の方が、かえって、一つひとつがはっきりと輝いている。
 ふりかえれば、地上は、白い混沌である。
 
 おおおお。
 ざわめきが聞こえた。社の方を見ると、いつの間にか、あかあかと火がゆらめいている。 
 「ついた!」
 「ついたで!」
 声が声に重なる。人がゆらゆらと動く。やがて、扉が開いて、巨大な松明が姿を現した。
 どどどど。
 人々の気が、暗闇の中で波になる。
 松明は、結界の入り口の方に運ばれて行く。
 やがて、ふたたび波動が先導となって、火は戻ってきた。
 いつの間にか、あちらこちらに集められていた「花」の山に、火がつけられる。
 ぼっ。
 ぼおおおお。
 天を焦がす炎。男たちが、いっせいに松明をかざす。火が火を呼び、その数が増える。結界の中は、炎の林となる。
 地上の赤々にかき消されて、天空の怜悧な光は見えなくなった。
 やがて、結界の入り口が、騒がしい。
 どおおん。
 扉が開く気配がする。
 その瞬間、男たちは、いっせいに駆けだしていったのであろう。
 身じろぎもせず、できず、松明を掲げたままで、ただ、伝わってくる波だけを手がかりに、あの急峻な岩道を今まさに駆け下りようとしている男たちが光の龍と化すそのさまを、ありありと想像していた。

 鈴木理策邸に着くと、もう、直会が始まっていた。
 信哉が、すでに着替えて、てかてかと笑っている。 
 「あっ、帰ってきたかえってきた。」
 人の顔を見るやいなや、もう放ったらからしで、信哉は酒を幸せそうに呑んでいる。
 草鞋を脱ぐ。縄を切る。白装束を解く。その圏内からとっくに離れていた結界の作用が、さらにその名残すらなくなる。 
 私もまた、この世に戻ってきた。

 下りる時は、上る時以上に、足元がぐらぐらと揺らぐ、そんな思いがあった。
 こんな岩坂を、駆け下りるなんて、命知らずか、何かがとりついた者たちにしか、できはしない。そう思った。
 ようやくのこと下りて、鳥居をくぐると、そこには、黄泉の国に一度行って再び生まれてきた男たちを迎えんと、たくさんの女たちの瞳が光って、細い道筋ができていた。
 その中を、ぎゅっとするような思いで歩いて、街を抜け、ここにたどり着いたのである。

 理策さんがよそってくれた豚汁が熱く、うまい。即座におかわりする。
 信哉は、「へえ、これはこれは、なかなかいけるものですね」と言っている。
 信哉は、今までの生涯で、豚汁をたべたことが一度もなかったらしい。
 「この季節に、カツオがあるんですね」
 おいしくいただいていると、桜井さんが、「よっぱらう前に、焼いてよ!」と信哉に促している。
 気の良い男は、まだしゃきっとした足で台所に立ち、肉を焼き始めた。私も、お猪口をもって、隣に立ち、信哉にちょっかいを出しながら、肉の焼き加減をながめている。
 「信哉先生、よろしくお願いしますよ!」
 白洲信哉は、得意の肉を焼くときだけは、「先生」になる。

 さあ、信哉の焼いた肉も食った。これで、思い残すことはない。友とあり、軽口をたたき、笑いながらのお酒はほんとうにうまい。ましてや、これは精進落としである。男たちの間には、絆さえ生まれているのだ。
 掛け軸の由来を、理策さんに聞く。座敷でくつろぎ、外の闇を見やる。他愛のない話に、声を上げる。
 そんな間も、私はまだ、さっき上って下りてきた山の気配を、身体の中にずっと感じている。
 押し込んで、押し出されてきた。白い奔流の中に溶け消え、やがて、炎と闇の作用で、再びこの世に送り出された。岩盤を下り、ばらばらに散らばった。
 生きることは、きっと、本来すさまじい。そのことを文明の中で忘れているとすれば、通過儀礼こそが、生命を新たにする。
 集った白装束たちは、今、それぞれの時を刻んでいる。そしてまた、いつか、いっしょになるのだろう。

 日付が変わってもなお、男たちの直会は続いている。 
 命は、集まり、離れるの繰り返しだ。
 

 
 
 
 

 

2月 7, 2015 at 12:00 午後 |

2015/02/02

あれほどはっきりと鮮明だった男の子の影が

朝、ほんとうに、悲しいニュースに接した。
 移動の新幹線の座席で、しばらく、うずくまるようにして眠った。
 無意識のトンネルは、底が見えないほど暗かったが、やがてそれも明るくなった。

 駅を降りて、なんだか目がパチパチするような思いで、街行く人たちを見る。

 ぽかぽかと、暖かい日差し。
 太陽は、今日もまた、誰にでも平等に降り注いでいるのだ。

 博多駅から、国際会議場はどれくらいかかるのだろうと調べたら、約30分だった。
 歩き始める。気持ちが移ろっていく。足は、大地に粘着しているというのに。

 そうやって、ぼんやりと、何町か行ったろうか。
 信号待ちをしていて、ふと前を見ると、ちょうどワゴン車が細い道へと左折するところだった。
 ワゴン車の後部の窓が開いていて、そこに、5歳くらいの男の子がいた。
 
 まんまるの顔を、ひたむきに外に向けて、陽光が照らし出すすべてを見つめようとしている。

 まるでフィルムをゆっくりと再生するように、男の子は回転しながら、私の前を通り過ぎていった。

 たまの日曜で、どこかに出かけるのだろうか。
 家族といっしょにいるというたのしみもあり、また、あれくらいの年齢の頃は、見るものがすべて面白いのだから、もう、目を見開いて、キラキラした瞳で、万物を見ている。

 幼子の見る世界の中に、リュックを背負った男の姿が入り、私と男の子は、目がぱっちりと合った。
 
 お互いに顔を見合わせながら、しかし、ワゴン車はむろん停まることもなく、男の子の映像は過ぎ去っていく。

 男の子の心の中の私の姿もまた、つかの間の幻のように消えていったのであろう。

 信号が変わって、私はふたたび歩き出した。

 世の中には、さまざまな出会いがある。
 悲劇に終わる出会いもある。
 なかった方が良かったと思われる遭遇もある。
 空気の中でもまた、分子と分子は常に衝突している。
 今、この瞬間もなお、南半球では蜂が花を目指していることだろう。

 2015年2月1日、日差しの暖かい博多の町で、私は、あの男の子に出会ってよかった。

 私と目が合って、男の子の脳に生じたほんとうにごくわずかな擾乱。

 私たちは、お互いに、作用を及ぼしつつ生きている。

 行き交う人と、微かな気配を取り交わしながら、私は国際会議場を目指した。

 私の心の中の、あれほどはっきりと鮮明だった男の子の影が、次第に薄れていくのを感じながら。

 夜が明けて、波紋が、完全に無意識の海に沈む前に、私はこの文章を書いている。

2月 2, 2015 at 07:49 午前 |