2013/05/19

このタイミングで、プログレスかけますか!

朝から乙武くん(@h_ototake)のツイートを見て、お気の毒で、悲しくて、とりあえずコンビニ行こうと思った。

ま、理論的に言えば、太陽を浴びて、脳のスイッチをオンにする、ということやな。

歩きながら考えた。乙武くんが有名だとかそんなこと、ぜんぜん関係ないじゃん。車いすの方はたくさんいるし、来店されたら、なんとか対応しようとするのが、普通の考え方じゃん。それを、ツイッター上でわけのわからないイナゴどもが、乙武くんにむらがって卑劣な罵詈雑言を浴びさせる。

乙武くんが、あんなに明るい顔をしてさ、これまで通ってきたことを想像するとさ、マジでイナゴども許せないよね。人間としては許せても、その卑劣さビタミンはできれば体外にデトックスして欲しい。

なんてことを考えてコンビニのドアを開けたら、なんと、中島みゆきの「ファイト!」がかかっているじゃないか。

「闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう ファイト!」

このタイミングでみゆきさんの「ファイト!」かけますか。

そして、傷心のぼくは、例の棚のあたりを見たら、こち亀や、ゴルゴ13や、ドラえもんの中に、昨日と全く同じ場所に、『幸福になる「脳の使い方」』がきっちり二冊置かれている。まったく動かず、置かれている。

そっか、やっぱり売れてないんだ。こうなると、本格的にさらし首な感じだな。

どうやら、『ファイト!』はそのコンビニが流している応援ソングの特集らしく、ぼくがカゴにものを入れている間も、なんちゃらかんちゃらが流れていた。

そして!

レジの前に立って、精算しようとしたら、なんと、あの曲が流れ始めたじゃないか!

ずっと探していた 理想の自分ってもうちょっとカッコよかったけれど・・・・

このタイミングで、プログレスかけますか!

ぼくが歩いてきた 日々と道のりをほんとはジブンっていうらしい

スガシカオさんの歌声に、ぼくはなんだか朝っぱらのコンビニで思わず涙が出るくらい心が動いちゃったんだよね。いろいろな思いがこみ上げてきてね。

そして、外に出て、ごまかしたよ。太陽がやけにまぶしかったぜ。

5月 19, 2013 at 06:55 午前 |

2013/05/18

『幸福になる「コンビニの使い方」』

よく買い物にいくコンビニに、私の本2冊が置いてある。こち亀や、ゴルゴ13や、ドラえもんの中に、なぜか『幸福になる「脳の使い方」』(PHP新書)が置いてある。

最初に見たときは、ひええと思った。同時に、少し嬉しかった。

次にコンビニに行ったとき、ほぼ同じ位置に置いてあった。やっぱり二冊置いてあった。

その次にコンビニに行ったとき、ほぼ同じ位置に置いてあった。やっぱり二冊置いてあった。相も変わらず、二冊置いてあった。

目立つんだよね、『幸福になる「脳の使い方」』。こち亀や、ゴルゴ13や、ドラえもんの間におくと、すげえ目立つ。なんというか、小豆色の存在感、みたいな。その背表紙にしっかり書いてある。幸福になる「脳の使い方」 茂木健一郎 って書いてある。穴があったら入りたい。

その次にコンビニに行ったとき、ほぼ同じ位置に置いてあった。やっぱり二冊置いてあった。相も変わらず、二冊置いてあった。だんだんドキドキしてきた。苦しくなってきた。

だってさ、いつ行っても、二冊置いてあるんだぜ。ほぼ同じ位置に。っていうことはさ、仕入れて置いてあっても、ぜんぜん売れていない、ってことじゃないか!

こち亀や、ゴルゴ13や、ドラえもんは、入れ変わっていく。季節とともに、次のステージへと移っていく。笑顔の子どもや、缶コーヒーを手にした兄ちゃんに読まれ、ひとときの幸せを与え、そうやって自分の任務を全うしていく。コンビニから、それぞれの人生に、「嫁入り」していく。

ところが、オレの『幸福になる「脳の使い方」』だけが、いつまでもそこにある。「嫁入り」もせず、放置されている。

選挙期間中の議員さんの駅頭立ちではないが、いつも、そこにいる。飽きずにそこにいる。

っていうか、いつまで売れずにそこにいるんだ、オレの『幸福になる「脳の使い方」』よ! 

オレはだんだん、『幸福になる「コンビニの使い方」』がわからなくなってきたじゃないかっ!

5月 18, 2013 at 08:03 午前 |

2013/05/17

駅です!

ホテルを出るのが、案の定ぎりぎりになって、さあ、と道の上に立ったら、どっちが駅なのか、じぇんじぇんわからない。

これはお上りさんの悲哀なのかもしれないけれども、大阪の駅はわからないことが多い。駅舎の中も外も。梅田なんて、行くたびにどこが阪急でJRで阪神なのか、じぇんじぇんわからない。

ホテル、新大阪の駅から至近のはずなのに、どっちに行けばいいのか、わからない。

こっちかな、と歩いたら、すぐに交差点に出た。そうだ、困った時のiPhoneグーグルマップ。確かに、駅が近くにある! すぐそこにある! ところが、どっちがその方向なのか、じぇんじぇんわからない。

やべ、と思った。このままでは、いわゆる一つの乗り遅れる。

近くを見たら、おじさんがいたけど、イヤフォンしてる。ちょっと話しかけにくい。

そしたら、その後ろに、自転車に乗ったねえちゃんがいた。ちょっと恥ずかしいけど、もう切羽詰まっているから仕方がない。

「あのう、新大阪の駅はどっちでしょうか?」

ねえちゃんは、はあ、みたいな感じでこっちを見る。そうだよね。ものすごく近いことはわかっているんだ、ただ、その近いが、どっちの方に近いかがわからないんだ。

「あちらに歩けばありますけど。」

「あっちに行けば、新大阪の駅があるのですか?」

「駅です!」

最後の、「駅です!」という言葉が、まるで、「以上、報告終わり」みたいな感じに聞こえた。

そうか、駅なのか。きっと、ねえちゃんにとっては、「太陽です!」と同じくらいの真実なのだろう。

信号が青に変わり、だーっと走っていったら、それでもよくわからない。

あのさ、新大阪の駅って、ぺっちゃんこというか、ただホームの屋根があるだけで、ぜんぜん、ターミナルビルとかそういうランドマークがないんだよね。だから、すぐ近くにいても、気配が消えているというか、マジでわからないのだ。

おまけに、道路が、へんな角度で交差していたりして、そこから行くのに地下を通ったりして、意味不明。お上りさんとしては、ちょっと意地悪されているような気分になる。

やっと新幹線の改札が見えてきたときには、本当にほっとして、ぼくは、あの「駅です!」というおねえちゃんを信じて走ってきた良かったな、と思った。

それにしても、「駅です!」と言われたとき、ぼくは、見当識を失った冬眠明けのくまみたいに感じたのである。

5月 17, 2013 at 08:55 午前 |

2013/05/16

「不幸中」という文字列の中には「幸」が隠れている

あのさ、命を脅かすような状況って、不気味な雰囲気があるって言うじゃない?

昨日、それを感じたんだ。ところが、ぼくがうまく拾えなかったんで、悲劇が起こった。

あるところでの仕事。その前に、カレーを食べた。それで、よせばいいのに、また、「おなら」のもとであるらっきょを、好きだというので、たくさんあるだけ食べてしまった。

どうやら、お腹が本格的な活性期に入っているらしい。どうも、ぷっぷ ぷっぷと出る。まさか、食べたばかりのらっきょのせいではないだろうけど。

それでさ、次の仕事は、スタジオで籠もりっぱなしになるので(つまりラジオの収録ね!)、その前に、トイレに行って、そのなんだ、「ガス抜き」をして置こうとおもったわけだ。スタジオに臭気が充満! みたいな悲劇は、避けたいからね。

男子トイレに入り、個室の便器の中をみたとき、あとから思い起こせば、そこには不気味な雰囲気が漂っていた。たまっている水の量は普通に見えたのだけれども、なぜか、トイレットペーパーの細かい切れ端みたいなのが、たくさん散らばっていた。昔子どもの頃に流行った、敵が来たら水に投げ込むと溶けてなくなるスパイ用のメモ用紙の残骸みたいな。溶ける途中だけどまだ繊維のかけらがあちらこちらにある、みたいな、微妙な残り方をしていたのが今考えればヘンだった。

そこで、私に危機を察知する能力があれば、これから起こる悲劇は、避けられたのだろう。私は、個室のドアを閉め、リュックを隅に置いて、何気なく、「流しておくか」みたいな感じで、レバーを押したと思いたまえ。

ぶくぶくぶく。。。


そんな音は実際にはなかったと思うけど、心の中では聞こえたんだよね。便器の中の水位が、じゅわーっと上がり始めた。

脳が稲妻を受けた! 

これは来る!

と思うまもなく、水が便器の端を越えてあふれ出すまでほんの2、3秒。私は、おもわずうあっと足を上げ、個室の隅にあったリュックをつかみ、迫り来る水からさっと身をかわすと、ほうほうの体で逃げ出した。

情けないんだよね。ああいうとき、逃げ足だけは早いんだよね。いや、でも、奇跡的にリュックも靴もぬれなかったんだよ。

それから、私はトイレに戻るのがこわくて、ぶるぶる震えながら、ほかの方法で(つまりフロアを歩いて)おならをぷって出して、圧力を下げ、それから何食わぬ顔をしてスタジオに行った。

あとでディレクターから聞いた。「このフロアのトイレ、閉鎖されています。他のフロアに行けって言われたのは、初めてですよ。」

ご、ごめんなさい! 半蔵門、FM Tokyo の8階フロアで働くみなさん。昨日の午後、トイレの水をあふれ出させたのは、ぼくです! ここに、告白して謝罪します。ぼくの前にすでに事態は悪化していて、ぼくはただ、最後に、レバーを押しただけなのですが。。。。すぐに対応すればヨカッタのでしょうが、現場から逃げ出してしまいました。もう収録時間が迫っていて、ゲストの畠山美由紀さんも入っていらしたし、切羽詰まって逃げ出してしまいました。ごめんなさい。

収録を終え、トイレにおそるおそる行ってみたら、8階トイレはウソのようにきれいになっていた。掃除の方、ごめんなさい。そして、ありがとう。

人生の教訓。これからは、便器の中の水が不気味な表情を見せているときには、安易にレバーを押さないようにします。あの水の表情のクオリア、しっかり頭にたたき込みました。

Tokyo FMを出て、次の現場で会った人に、「こんなこわいことがあった」と話したら、その人は、「ウンコする前でヨカッタですね」と言った。

うーん、確かに! それは一つの、冷静な判断ですね。

確かに。もし「その後」だったら、もっと阿鼻叫喚の地獄絵が展開していたことだろう。よかった。前でよかった。それは、不幸中の幸いであった。「不幸中」という文字列の中には「幸」が隠れていると、今気づいたよ。

5月 16, 2013 at 08:46 午前 |

2013/05/15

講演直前に生じた、ある事象について。

八戸での講演会では、市の社会教育課のみなさんにほんとうによくしていただきました。ありがとうございました。

始まる前、いつものようにトイレに隠れて、何をしゃべろうか考えていた。ついでに、iPhoneで囲碁を打っていた。

5分前になって、そろそろ行こうかな、と出たら、社会教育課の方が、廊下で待っていらした。ごめんなさい。心配されたのかな。

それで、舞台の袖に行って、座ったときに、ある事象が生じた。突然、お腹が張り始めたのである。

これは、不思議なことですね。だって、さっきまでトイレに隠れて、講演内容を考えながら囲碁を打っていたわけでしょ! それがなぜ、講演直前、3分前になってお腹が張り始めるのか! うーん、人体の神秘! しかし、困った!

腹部あたりのクオリアを慎重に検討した結果、これは、固体系よりも、ガス系ではないか、と思われた。固体系ならば、トイレに駆け込まなくてはならないところだが、ガス系だったら、「散らせば」いい、みたいな判断になった。

それで、社会教育課の方が少しあっちに行った隙に、「うわあ」と背伸びをするふりをして、座っていた椅子から立ち上がって、歩きながら散らそうとこころみた。そしたら、

ぶぅ! 

驚くほど大きな音が出て、いわゆる、ガスの噴出現象が見られた。

やばっ! しかし、社会教育課の紳士は、約10メートルくらい離れたところにいらしたけど、どうやらお気づきにならなかったらしい。

ほっとした。ところが、まだどうもお腹のあたりが圧力を感じる、というか、似たような事象が生じる気配がする。

私の中で、悪夢のシナリオが囁かれはじめた。私は舞台でいつものようにちょこまか歩きながら話している。張ってくるポンポコお腹。そしてついに、圧力に耐えられなくなって、ガスの噴出現象が生じる。

ぶぅ!

一瞬、静まりかえる客席。やがて、事態を察知したみなさんが、最初はくすくす、やがて爆笑。私は、舞台の上でひとり顔を真っ赤にして立ち尽くす。。。

そんなことになったら、恥ずかしい。もう一度、噴出させないとやばい! と思った瞬間、MCの方がわたしの紹介を始めてしまった。ぴーんち!

こうなったら仕方がない。私は、覚悟を決めて、舞台の上に歩いていった。。。。

ところがですね。。。その後、なぜかお腹の圧力は減って、90分のお話の間、類似の現象はなかったのですね。ヨカッタ!

ほっとした朝、ふと思ったのだけど、あれが講演中にゲップになって出ていたのだとしたら、ぼく自身がそういう人生はイヤだ!

5月 15, 2013 at 07:08 午前 |

2013/05/14

食べる機械!

ぼくは、いわゆる「種なしぶどう」が好きだ。一つひとつの粒が大きいぶどうもいいけれども、あのちっこいぶどうが、ふさに沢山ついているやつを、両手ではがしては食べ、はがしては食べするのが好きだ。

そろそろ季節なのあで、両手でわしわし食べていると、つい、「食べる機械!」という谷貝くんの叫びを思い出してしまう。

大学院生のとき、家庭教師で黒坂くんを教えていたら、黒坂くんの友人の鈴木兄弟(ふたご)と、谷貝くんが「いっしょに教えてくれ!」と言ってきたので、4人まとめて教えることになった。

中学生の男の子4人。うるさくて大変だったけど、中でも谷貝くんは独特の男の子キラキラパワーに満ちていた。「チョークの神さま」事件も、そのうちこのスペースに書きたいと思うけれども、もう一つ心に残るのが、「食べる機械」事件。

勉強を始めて1時間くらい経ったときに、黒坂くんのお母さんがおやつをもってくる。みんな育ち盛り空腹盛りだから、それを楽しみにしている。

ある夏の日、昼間から勉強していて、おやつの時間になったら、黒坂くんのお母さんが、どんぶりにいっぱい、枝豆をゆでたのを持ってきた。みな枝豆大好物で、他のやつに食われないうちに、といそいで食べ始めた。

そのうち、谷貝くんが、「そうだ!」とひらめいたのか、両手で、次々と枝豆をつかんで、口の中にぷしゅっと押して放り込むという技を生み出したのだ。他の3人もあせって真似を始める。見ていても爽快なスピード。山盛りだった枝豆が、一気になくなっていく。

そして、その瞬間、谷貝くんが叫んだのだ。食べるのを一瞬やめ、天井を見上げて、勝ち誇ったように、「食べる機械!」と。

人間の記憶ってふしぎだね。彼らと過ごした何十時間、何百時間の中で、その瞬間が、鮮やかによみがえるのだから。

あの時、谷貝くんは食べる機械だった。そして、それは、誰でも通る男の子のキラキラパワーだったのだろう。

5月 14, 2013 at 08:12 午前 |

2013/05/13

なぜ、カレーうどんはアチチなのか。

講演会の前に、腹ごしらえをしようと思って、うどんやさんに入った。「やっぱり温玉ぶっかけだな」と思ったのが、「カレーぶっかけ」という謎のメニューが目に入ってしまった。

頼んだら、来たのは普通のカレーうどんだった。そうだよね。うどんにカレーのルーをぶっかけたら、普通のカレーうどんになるよね。ぶっかけ感を出そうとしたら、ルー少なめにしてうどんを露出させるしかないけど、それは本末転倒だよね。

それで、食べ始めてすぐに後悔した。そうだ、オレは猫舌だったんだ。そして、猫舌人間にとって、カレーうどんほどの最終兵器はない。

子どもの頃、近所のそば屋でカレー南蛮を初めて注文した時の衝撃! なんでこんなに熱いんだ。なんで、いつまでも熱いんだ。「熱容量」について学ぶずっと前から、ぼくはカレーうどんが熱容量の高い食べ物であることを体感していた。

ふうふういいながら、結局全部たいらげてしまった。「辛いからい」といいながら、ルーも全部飲んでしまった。こんなことをしているから、ブタ化するのである。仕方がない。うまかったんだもの。

それにしても、カレーうどんは、なぜアチチなのか。

ふり返ってみると、あんなに熱い、いつまでも熱いということも、カレーうどんの味わいの一つなのであろう。カレーライスだと、ルーはあっとういう間に平らになって空気との接触面も増えて冷えるから、いつまでもアチチは、カレーうどんで初めて味わえるクオリアなのである。

してみると、猫舌のぼくも、実は、カレーうどんを注文するときには、あんなにアチチ、いつまでもアチチのクオリアを楽しみたいと思っているのかもしれない。きっとそうだ。ただ、昨日は、「ぶっかけうどん」というひんやりなメニュー名に騙されて、不覚を取っただけのことなのである。ちゃんと完食して仇をとってやったぞい。


Curryudon


5月 13, 2013 at 08:09 午前 |

2013/05/12

脳に負荷をかけて実験しているんだよね。

桑原茂一さんがやって、という仕事は、ぼくは絶対に断らない。

天才桑原茂一をそれだけぼくは信頼している!

しかし、それは、時に、未曾有、未経験の「ゾーン」に投げ込まれることを意味する。

きのうもそうだった。そもそも、リリーフランキーさんと東西の横綱になって大相撲、というコンセプト。現場にいくと、中尾賢一郎さんの行司、親方DJ、相撲部による稽古など、マジなセッティングがいろいろあって、うわあ、これは大変な現場になる、と思った。

打ち合わせなんてあったもんじゃない。これは、お互いの信頼関係ってこと。リリーフランキーさんだって同じ思いだったろう。

リリーさんと二人で横綱土俵入りをするところから、現場で探りながら、つくっていく。ぼくの脳は、はっきり言ってそういう想定外の連続が大好きだ。桑原茂一さんの天才たるゆえんは、そのような化学反応を起こす現場を、さっと設計してしまうところだろう。

それにしても、リリーさんと黒田征太郎さんの魂の対談、よかったね。

最後のさいごに、リリーさんがギターを弾いて、ぼくが十五の夜を歌った。歌詞、当然全部覚えたよ。それが責任だからね。一部あやしかったのを、リリーさんがプリントしてきた歌詞で、トイレに時々隠れて確認した。「自由になれた気がした」と「自由を求め続けた」の使い分けも完璧にした。

それでも、現場ではいろいろ起こるわけで、歌う前にリリーさんが小芝居をしろ、と言って、一瞬拾えなかったが、要するにリリーさんと僕が中学からいっしょにバンドをしていた、みたいな設定にしてしゃべるのだった。

あと、歌唱を終わる時も手探りで、会場のみんなでインストラメンタルなしで合唱して、それからワンテンポあって、リリーさんがそう言って、「自由を求め続けた、十五の夜」というフレーズだけを、ぼくが最後にしんみりと歌って、終わった。

要するに、すべて、現場で即座に探りながらつくっていく、ということさ。

そしたら、会場がうわーっとなった。一体となった。良かったねえ。

いやあ、最高のエンディングだったんじゃないか。ぼくは感動したね。茂一さん、トギーさん、リリーさん、中尾さん、みなさん、本当にありがとう!

それで、「十五の夜」を歌う前、リリーさんがギターならしながらぶつぶつ言っていた。

「喫茶エデンという深夜番組やってたんですけど、これは、台本なしでいきなり小芝居をやるといういわゆるエチュード、という部分と、自分の持ち歌以外の歌を生バンドで歌うという部分があって、みんな断るんです。役者やタレントは、演技はいいけど歌がちょっと、となるし、歌手は演技ができない、と断ってくる。ところが、茂木さんは、あっ、いいよ、と出ちゃうんですね。ぼく思うんですけど、茂木さんは、ああやって、自分の脳に負荷をかけて、どうなるか、実験しているんじゃないんですかね。」

そうなんじゃないかな。リリーさんの言うとおり、ぼくは自分の脳に負荷をかけて実験しているんじゃないかな。

昨日もいい実験でした。博多の夜よ、ありがとう!

5月 12, 2013 at 07:59 午前 |

2013/05/11

深夜の遭遇

たまたま、スケジュールの都合で、小倉に連泊のなか、名古屋に「日帰り」で往復することになった。

まるで、母のふるさとでもある街に、自分が住んでいるような気持ちになった。それは、とても素敵な幻想でもあったのだけれども。

小倉に「帰って」きたのは、23時40分すぎ。最終の新幹線が広島で在来線の接続を待ったので、定刻よりもやや遅かった。

深夜の小倉駅。人通りがまだある。ぼくは、基本的に行き交うひとと目を合わせないようにして歩く。本当にもうしわけないのだけれども、「あっ」とか「あれ」とか言われて、話しかけられることが多く、本当はシャイなぼくは、どう対応したらよいかわからなくて、どぎまぎしてしまうのだ。

それでも、駅からリーガロイヤルホテルに向かう通路で、2、3度話しかけられた。数人の方が連れ立って歩いていて、「明日よろしくお願いします」と言われた。どうやら、学校関係の方らしい。

もう止まってしまった動く歩道に入り、もうすぐリーガロイヤルホテルだ、と思ってほっとして歩いていると、「あっ、茂木さん!」という声がする。

しまった、また見つかったか、と思って顔を上げたら、そこには、なんとよく知った人の顔があった。

「あれ、奥田さん!」

北九州で、ホームレスの方々の支援を続ける、奥田知志さん。牧師としての信仰から出発しながら、「絆(きずな)」とは人間がお互いに傷つけるかもしれないことである、人はみな罪深いという思想を持つ奥田さん。

ぼくが司会をしていた『プロフェッショナル 仕事の流儀』に二度出演された奥田さん。大好きな奥田さん。大切な奥田さんが、なぜか、こんな深夜に、リーガロイヤルホテルから駅に向かう通路を歩いてきている。

真っ先に思ったのが、リーガロイヤルホテルで飲み会か何かがあって、その帰り道なのかな、ということだった。そんな連想になったのは、その前の夜に、奥田さんや北九州市議会議員の白石一裕さんたちと、バーでいろいろと歓談した記憶があったからだろう。

しかし、その割には、なんだかしんみりとした雰囲気で、奥田知志さんは立っている。

「茂木さんは、まさか、今帰ってきたの?」

「ええ。そうなんです。名古屋に行ってきました。奥田さんは?」

「ぼくは、見回りですよ。」

聞いた瞬間、あっ! と思った。見ると、奥田さんは赤いジャンパーを着て、ジーンズにスニーカー、それにカバンを提げている。歩き回りやすいような服装をしている。

「いやね、さっき、駅の近くで、野外宿泊者かな、というような男性を見かけたものだから。しばらく、様子を観察していたのです。でも、ちょっとの隙に、どこかに行かれてしまった。きっと、そのあたりのどこかに入り込んだのでしょう。」

「見ると、そういうことがわかるのですか?」

「今日、泊まるところがないんじゃないかな、ということは何となくわかります。その男性は、カバンの上に、たくさんのものが入ったビニル袋を置いてあったしね。」

『プロフェッショナル 仕事の流儀』でも放送された、奥田知志さんの、深夜の見回り。今日泊まるところがないのかな、という方を見かけると様子をみて声をかけ、相談に乗る。場合によっては、ご自身の教会に連れていって、一時の避難場所にする。

今、奥田知志さんの東八幡キリスト教会は、あたらしい教会堂を建築しようとしていて、その一部は、ホームレスの方々のシェルターになるのだという。基金を募集しているようなので、もしよろしければ、奥田さんに協力してあげてください!

http://homepage3.nifty.com/higashiyahata/

奥田さんとは、会議やシンポジウムで、何度となく会っているけれども、深夜の小倉の街を、見回りされているまさにその現場に、偶然に遭遇することができて、ぼくはなんだかじんわりと心の奥から感動してしまった。

自分自身が、名古屋に日帰りして、深夜、疲れ切って少し心細い気持ちでリーガロイヤルホテルに向かっていた、ということもあるのかもしれない。

ぼくは、ホテルの部屋があるからいい。もし、今日泊まるところがなかったとしたら。

奥田さんは、人間はみな罪人だという。その罪人である人間は、他人の苦しみや痛みを、想像して時に行動することくらいは、できるのではないか。

深夜の駅の通路で、赤いジャンパーを着て立つ奥田さんの表情は、やわらかく、荘厳ですらあった。

奥田さん、うまく言えないけど、本当にありがとう。

Okudatomoshi20130510small


5月 11, 2013 at 08:03 午前 |

2013/05/10

ぼくは、座れない。

そうだ、忘れないうちに書いておかなくちゃ。

先日出雲に行ったとき、サコカメラと、「ぼくは、座れない」という話をしていた。和式トイレで、しゃがむことができない。だから、何かにつかまっていなければならない。

うんこ座りをしていると、かかとがつかないで、つま先立ちになる。そのかっこうで前からツン、と押されると、うわあと後ろに倒れてしまう。

世の中には二種類の人がいる。うんこ座りができる人と、できないひとと。

そしたら、サコカメラが、「それは茂木さんが太ったからだ」などと抜かす。

「どいうこと?」

「だから、お腹がぷっくりと出ると、それがつかえて邪魔になって、うんこ座りができないのだ」

ちゃうって! 足首の関節が硬くて、ある角度以上に曲がらないから、うんこ座りができないんだって!

ふと思ったけど、サコカメラは普通に座れて、だから、ぼくみたいに身体が硬くてできない人の身体性が想像できないんじゃないかな。

みなさんはどうですか? 座れますか、座れませんか? おなかぷっくりのせいじゃないよね。

5月 10, 2013 at 08:00 午前 |

2013/05/09

世界の中心で、「あーうーあーうー」と叫ぶ。

サコカメラと、集英社の助川夏子さんとの取材。寝台特急サンライズ出雲が到着するのは午前10時前だと知って、「しめしめゆっくり眠れる」とほくそ笑んでいた。

そしたら、午前6時過ぎに高松に行くのと切り離すからホームで撮影、だとかいう。

ええ、そんな、と思ったが、仕方がなく5時30分に起きた。

爽やかな山陰の景色を楽しめたのはいいとして、とにかく眠い。

だから、出雲大社やJR西日本の車両基地の取材を終え、出雲空港で飛行機に乗り込むと、いつものように日航寄席を聞きながら、あっという間に爆睡していた。

はっと目が覚めると、窓の向こうに湾が見える。その向こうに富士山のシルエットがある。折しも、太陽が真っ赤な点となって沈もうとしてる。

「あーうーあーうー」みたいな感じで、ヘッドフォンをしたまま隣の外人さんに身ぶりで教えたら、そのおじさんもうんうんと頷いて富士山の方を見ている。

羽田に到着して、機内アナウンスを聞いて驚いた。「本日は、出雲出発及び羽田到着が、大幅に遅れたことを心からお詫びいたします。」

へっ? 遅れた? iPhoneのスイッチを入れて見たら、確かに、予定時刻を一時間以上過ぎている。たいへんだ! 波頭亮さんの研究会に遅れてしまう!

機外でサコカメラ、助川さんと落ち合った。助川さんからその間の「真相」を聞いた。私は、ぽわんと白煙が立って、えっ、そんな、ここはどこ、私は誰、みたいな感じになった。

「出雲を出るとき、羽田が強風ということで、飛べるかどうかわからないからと、滑走路に出たところで、いったんターミナルまで引き返したんですよ。」

「へっ!?」

「そのまま、ターミナルで、15分くらいいたかな。機長さんが出て、本当に丁寧に、今こういう状況だから、こうなるかもしれない、ああなるかもしれない、と説明したのです。」

「へっ!?」

「それから、アテンダントの方が、一人ひとりの乗客のところに来て、本当にすみません、とあやまってまわって。」

「あんなに一人ひとりの顔に近づけるとは思わなかったなあ」と、嬉しそうなサコカメラ。(サコカメラは、風体が「組長」風のおっさんである。)

「へっ!?」

「飲みものを配ったり、キャンディーを渡したりして」

「へっ!?」

「それから離陸したけれども、羽田に近づいたところで、やっぱり風が強くて通常の滑走路では着陸できないということで、再び機長さんが登場して」

「へっ!?」

「それで、機長さんが、今日はいつもと違う北向きの滑走路を使う。しかし、そこには現時点で60機が待機しているから、着陸がいつになるかわからないと言って」

「へっ!?」

「それで、アテンダントの方が、いつもと違うアプローチになるから、富士山がきれいに見えるかもしれないと言って。でも、見えなかったわよね、サコカメラ」と助川さん。

「ああ、見えなかったなあ」とサコカメラ。

「あっ、見えたみえた! 富士山見えた! どうりで、いつもと違う風景だと思った。」←イマココ。

私は、飛行機に乗り込んで爆睡していたおかげで、そんなドラマティックな展開があったとはつゆ知らず、「←イマココ」と記した時点から、はっと気づいて、富士山が見えるなあ、きれいだなあ、と思って、「あーうーあーうー」みたいな感じで、ヘッドフォンをしたまま隣の外人さんに教えたら、そのおじさんもうんうんと頷いて富士山の方を見ていたのである。

意識のない時には存在しないのと同じ、とは言うが、私は、爆睡していたせいで、ドラマティックな機内の展開を全く知らずにいた。

とてつもない損をしたような、なんだか不思議な気分。うかつにもほどがある。

「よく眠れてよかったですね」と助川さん。ちょっと棒読みだった気がする。

助川さんが集英社に戻るついでに、ホテル・オークラまで送ってくれた。道が空いていて、あっという間について、小幡績さんのお話を、15分遅れでは聞くことができた。

うれしかった。
なんだか、魔法のようだった。
その時、私は、世界の中心で、「あーうーあーうー」と叫んでいたのである。

5月 9, 2013 at 08:11 午前 |