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2010年2月16日 (火)

過去に対する感慨は、記憶の不在に支えられている。

 「編集で落ちる」ということの意味を知った後、さまざまな局面で似たような感覚に到達した。

 たとえば、ブログを書くということ。一日のうちに、さまざまな経験をする。いろいろな人に会う。そんなあれこれを、時系列で書いていけば完全な記録になるのであろうが、そんなわけにもいかない。ブログを書くことができる時間も限られている。素材の取捨選択をしなければならない。

 朝、ブログを書いた後で、ああそうだ、あれも書いていなかった、これも書いていなかったなどと思い出す。その一つひとつが、思い出の中でキラキラと光っている。その残像に形を与えたいとも思うが、さまざまな制約で果たせない。

 そもそも、人間の記憶というものが、大半のことを忘れることでできあがっている。たとえば、小学校の時のことを振り返って、その時間の流れが過ぎ去ってしまったことのかけがえのなさにしみじみと感じるのも、多くのことを忘れてしまっているからである。毎日毎日が、水が跳ねたのに驚く魚のような鮮烈な生命に満ちていたのに、その多くが忘却の彼方に去ってしまったからこそ、私たちはかけがえのなさを感じる。過去に対する感慨は、記憶の不在に支えられている。

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コメント

季節の変わり目、こんな寒い日には、本当に窓をパァ~っと開け放てる春が待ち遠しく思えます

改めて室内に目をやると、一年たっただけでも、いろんなものが持ち込まれているものです、

インテリア関係の仕事をしていた時期がありましたので、それなりのしつらいをしていたつもりですが、年月の重なりは、降り積もった雪の様、いろんなもの溜めこんでいるものですね、^^

心の中にも、何か分からない澱の様なものが静かに降り積もっていますが、年月とともに、どこかに少しずつ吸収されて、忘れている幸せをありがたく思えます

前に向かって進む喜びと、同時に哀しみを知ってこそ、過去の記憶の中のキラキラと輝くような感受性に、昨日のように浸れるのかもしれません、

忘れることの幸せ、また好ましい記憶を呼び醒まされる幸せ感は、心と体が行動することによって、チャンスが増えますね、^^
懐かしいとは、本当にはんなりと美しい言葉です、形のないプレゼントの様なクオリアでしょうか・・・・ 

人生は、誰しも指の間からこぼれおちていく伝えたかった思いの数々と寄り添いながら生きています、

伝えきれないまま、安堵の中に死を迎えていけるのは、先生のおっしゃるように、たくさん忘れることができるからでしょうね・・・ 美しいクオリアに包まれて昇華されてたいものです・・ 

茂木先生の数々の言葉に出会うようになって、
脳と心と自分の存在が、はっきりと認識できる癖がついてきたような気がします、ありがたい喜びです

脳があって心があり、心があって生きている!
生きているということは、 五体満足で、無で坐しているだけでは石にも等しい、命が摂理の表現とすれば、人間の生きている証は、脳が働いていることなんでしょう^^

note春の小川の水でさえしゃべりながら流れていきますもの^^

今朝もお話させてくださって、
 ありがとうございます 感謝です

               reiko.Gclover
  



投稿: reiko.G | 2010年2月16日 (火) 11時55分

こんにちは 茂木先生 。過去の記憶は 多くの忘却のかなた(暗闇)にあり、
そのうちの一握りの大切な記憶が、星の輝きのように

煌めき、心(脳)に刻み込まれ、感情の豊さや生きる糧となる。

もっと思い出したい事があっても、引き出せないジレンマと

辛い過去の思い出を 忘却のかなたに 追いやる事で 生きていける
このバランスを 脳のなかで調整機能しているとしたら、
脳の仕組みは 素晴らしいですね。


今の私達が するべき事は、 自分の環境の中を 受け入れ、 その中で 脳、心をフル回転させ 生きていくこと。
当たり前のことなのに、自覚や覚悟ができていなかった。
茂木先生は 実践されている。
「師匠 」とさせて頂いてもよろしいでしょうか。
いつもありがとうございます。

投稿: サラリン | 2010年2月16日 (火) 15時57分

こんにちは。haruといいます。茂木先生の番組を見る度に自分の頭の悪さというか、頭の使い方が下手な事に気づかされます。
ある田舎町で消防士&救急救命士をしています。プロフェッショナルとは常に自分の最高の仕事、そしてさらに最高の仕事をする為に努力する事だと思っております。
かれこれ15年消防職員をしていますが、後輩にはこのプロを理解している者とそうではない者で極端です。
公務員というのが悪いのだと思い、常に消防・・特に救急は民間になればいいと考えてました。公務員全員が悪いわけではありませんが、プロ意識の低い人が多いと思います。
新人職員へ社会人として、消防人として、プロとしての魂を教えたく、プレゼンをする予定ですが・・・苦労しております。

お忙しいのにほぼ、毎日、更新なさっている事に驚きました。
ps:自分の思いを忘れないように僕も毎日ブログを書いております。
http://haru-tra-7.cocolog-nifty.com/ems/ems-soul.html
です。同じ消防の人にも教えてませんが、意外とアクセスが多いです。
お体に気を付けて頑張ってください。
長文失礼しました。

投稿: haru | 2010年2月16日 (火) 16時31分

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