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2010年1月26日 (火)

かなり高い蓋然性を持ってある言明をすること

 例えば、『プロフェッショナル 仕事の流儀』に登場するゲストが、生涯の中で出会った大切な経験があったとする。その出会いを通して、人間としても、プロフェッショナルとしても大きく成長したとする。

 そのことの「脳科学的な意味」は何か? この問いに対して、どんな時にも、どこでも、誰にでもあてはまるような形で答えることは原理的に不可能ではないにせよ、多くの困難がある。

 ある一つの経験をどのように受け止めるか。経験の持つ意味は、その人の資質、それまでに蓄積されている体験などによって異なる。また、その後の人生の展開によっても、経験がどのように活かされるかは異なる。「物体を投げ上げると、放物線を描く」というような簡素な普遍性を持った形で、経験が脳に与えた影響を記述することは難しい。

 極端なことを言えば、ひとりの人と一つの経験の出会いは、この宇宙の中で一回しか起こらない出来事だということになる。

 取り得る方法は、経験の内容や、その人の性格、その後の状況といった「個別性」から独立して、ある程度広い範囲で、経験、性格、状況にかかわらず成立するような法則を見つけることである。その場合でも、100%適用できるということは難しい。しかし、かなり高い蓋然性を持ってある言明をすることができる。そのような視点を目指すしかない。

 番組内で、「脳科学的には?」という前置きをしてコメントする際には、以上のような「メタ」な視点から何を言うかということに心を砕いていた。

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コメント

こんばんは 茂木サン 。「個別」の状況や情報、人生を、 「個別」に解き明かす事は、可能ですが、
沢山の「個別」データ解析し、働きや傾向は、目に見えた公式化したようなものは解明する事は難しい。
ということですね。

私が茂木サンのブログの書き込みを始めた時、「心はどこに有りますか?心臓or脳ですか」
と書いた事があります。
その時は脳についてほとんど知識が無かったのですが、
今はっきり分かる事があります。「心は脳の中にあり、五感やクオリア、経験、性格、言葉や思想観などが ミックスされ、生まれ、表情される」
だから 心= 脳 。
私なりの考えです。

言葉や表情、センスといった繊細なこと の探求。

または 言葉や文化、思想などが 全く違う場合(外国人など)の探求。(人間性はあることの前提条件です)

そうしたら、どこまで、どんな事がわかるのかな? と思います。

投稿: サラリン | 2010年1月26日 (火) 23時38分

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