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2010年1月24日 (日)

脳科学的には

 プロフェッショナルたちの生き方に接して、脳科学者として、どのように考えるのか? 脳科学の視点から、生きるということにどんな示唆が与えられるのか? 私自身も、何か意味のある貢献がしたいと、一番力を入れたポイントである。

 「脳科学的には、どうなのでしょう?」

 このような質問に対して、現時点で科学的に厳密に言えることは、実はきわめて少ない。それでも何かを言わなければならない。ここに、難しい問題が存在した。

 物理学においては、ニュートン方程式のような定量的に厳密な法則がある。例えば、ある物体を空中に投げれば、放物線を描いて飛んでいくだろうとは予想できる。空気の抵抗の影響があるとしても、それがどの程度のものなのか、記述することはできる。だから、「投げ上げられた物体が、何秒後にどうなっているか、物理学者として何か言ってください」と言えば、明確にコメントができるだろう。

 脳科学の知見は、現在のところ、そのような厳密な法則としては成立していない。今後も、ニュートン方程式のようなかたちで法則が打ち立てられる見込みは少ない。その背後には、脳というシステムが持つユニークな性質がある。

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コメント

茂木健一郎さま おはようございます。朝見上げる空は深空のように感じ、今日の始まりが、ここにあります。早春の青空が深く見えるのは、心にある春のおかげの気がいたします。生きるとは、心の青空も求める一つなのでしょうか、こころに刻まれる日々を、私の脳は、いつも平行線に回路していきます。曲線があれば、どこか違う道へと進んでいくのででしょうか、変わることない日常に、変化を与えられる今日である自分と対話してみたいと思います。

投稿: とう華 | 2010年1月24日 (日) 09時15分

茂木サン、 脳科学 分野の広さや深さは 底なしですね。

プロフェッショナルの話の中では、信念をあきらめない何か。
工夫し続ける何か。
元気で明るい何か。
先を見通す何か
脳が最大発揮してくれる何か(ご馳走と例えます)
などが 個人差になっているのでしょぅ。

一般論にするのは、かなり難しいですね。


投稿: サラリン | 2010年1月25日 (月) 00時56分

「脳科学的には、どうなのでしょう?」との
ワンフレーズの質問の答え、
本当にそうでしょうね・・・ 厳密な法則のない答え的発言・・・

神様だけがご存知でしょう、神様の摂理ですなど、
あやふやですものね・・^^ ともいえないですものね
私はクリスチャンですが
真摯な科学者の方のお話なさるお姿にこそ、厳密な法則を追求しつつ、それに押しつぶされない神の姿の片鱗を見るような気がします、クリスチャンにも、思わぬ質問があることがあります・・ もしかして、私と同じ気持ちかしら・・そんな創造もしてみました、信じるものは幸いなり、見なくて信じるものは救われる、一般社会では馬鹿にされるような言葉の連続・・ 私もなぜかわからないのです
人間が作ったクリスチャンと呼ばれる受洗のシステムの結果だけ、確固たる証拠も厳密な法則も無いのですもの・・
従順とは科学する心にも通じる安らぎの言葉かもしれませんね^^

科学を拒絶する心は、もしかして、タブーのように思われている神の領域への偏見でであり、
阻害するものは、法則を担ぎ出す人間の狭小な心なのかもしれませんね、神は科学を否定したりしていないはずです

除夜の鐘の音色、教会のカリオンの音色に、思いを託す人の姿に、不思議と文句を言う人は現れませんね^^
神はここにありと鐘の音色が伝えているからでしょうね
音楽万歳ですね^^

奇跡は、もしかして科学の最も研究の対象なのかもしれませんね、解明していこうとする姿に、真実がすでに宿っている、真理とははそれほど深いのかもしれませんね・・・

おおらかに伸びやかに、脳と心の関係をつげ知らせ、
今を生きる人へ、希望は人のかかわりの中にこそ存在し、真実を見出す根本がることを幼い子供や、老いた人にも伝え続けてほしいと願います

人間は神に似て作られたとオありますが、心の中の愛は、
神そのもの、神は愛なり と書いてありますものね^^

愛を信じて生きていきたいと思っています

               reiko.G

投稿: reiko.G | 2010年1月28日 (木) 13時58分

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