海に相当するもの
水中写真家の中村征夫さん
がゲストでいらした。
世界各地の海に潜り、はっと息を飲むような
魚たちの表情をとらえてきた中村さん。
『海中顔面博覧会』 のように、魚の
顔ばかりを集めた写真もある。
スタジオには中村征夫さんの写真が
たくさん並べられ、それを見た住吉美紀さんが
「うわー、きれい」と感嘆した。
住吉さんはきれいなものが大好き
なのである。
「魚を正面から撮るのは難しいんじゃ
ないですか」と中村さんに聞くと、
「気配を消すんです」と言う。
潜水し、魚の近くで20分でも30分でも
じっとしていて、カメラの動きもほんの少しずつ
にして、要するに海の一部として風景の
中に溶け込むと、ようやくのこと
魚たちの素顔を撮ることができるというのである。
「魚は、決して追いかけてはいけません」
と中村さん。
海の中で、素敵な魚を見かけて追いかけよう
としても、追いつくことはできない。
10メートル先でこちらを見ながら、
追いかけるとまた10メートル先に
いて、というように、泳ぎ去らなくても
距離をとられてしまうのだという。
だから、海の中で魚に出会おうと
思ったら、漂って気配を消しておくしか
ないのだと中村さん。
海の一部になれば、魚たちは
自分たちの方から周囲に泳いできて
くれるというのである。
魚たちの姿は、千変万化。
「その姿を見ているとねえ、ああ
やっぱり神様っているんだなあ、こんなに
いろいろな生きものがいるんだなあ、って
思うんですよ。」と中村さん。
海の中では、どの生物も真剣に生きている。
真剣に生きなければ、その命をつないでいく
ことができない。
その姿に心打たれるのだと、中村さんは言う。
それに比べて、人間はどうか。文明を築きあげ、
真剣でなくても生きていけるように
してしまった。
もっとも、良い仕事をしている人は、
やはり、海の中の生きものたちと同じように、
真剣に生きているように思う。
中村征夫さんのライフワークは、
東京湾の生きものたちの写真を撮ること。
1988年に出版された
『全・東京湾』
と展覧会『海中顔面博覧会』が対象となり、
中村征夫さんは木村伊兵衛写真賞を受賞する。
30年以上にわたって東京湾の生きものたちを
撮り続けている中村さん。
それでも、そのごく一部分しか見ていないし、
撮れていないのだと中村さんは言う。
「写真家は、言葉を尽くす必要はない」
と中村さん。
作品が全て。できあがったものが、
世の中に流通し、人々の心を動かし、
そして時に世の中を変えていく。
「どんな仕事でも、そうではないでしょうか」
と中村さん。
「自分は黙っていても、作品が語ってくれる。
何を言わなくても、全てを伝えてくれる。」
写真には、それだけの力があるのだという。
「その作品に力があって、人々を
感動させれば、作者は誰かということが
たとえわからなくても、それはかまわない。」
ずっと後になって、ああそうか、
あれはあの人が作っていたのかとわかる。
そういうのがかっこいいね、と中村征夫
さんは言う。
大きなものに向き合っている人。
中村征夫さんから深い印象受けた。
私は学生時代から中村征夫さんの作品に接していて、
その何とも言えない魅力的なお人柄に
惹き付けられていた。
椎名誠さんが監督し、中村征夫さんが
撮影した映画『うみ・そら・さんごのいいつたえ』
の上演会に行き、舞台挨拶をする中村
さんの姿を見たこともある。
初めて親しくお話させていただいて、
海という圧倒的に大きく、自分の力では
どうすることもできないものに向き合ってきた
中村さんの世界観に感銘を受けた。
どんな仕事でも、中村さんにとっての
海に相当するものはあるのではないか。
それを探さなければならないのではないか。
一生かかって探求していても、ごく一部しか
知り得ないもの。どれだけ努力しても、
自分の力ではどうすることができないもの。
思わぬ驚きをもたらし、啓示を与え、
時には包んでくれるもの。
そのような大きなものに向き合う
人生は、幸いである。
その時、人は謙虚になるものではないか。
収録が終わって、中村征夫さんと
懇談する。楽しい時間を過ごした。
有吉伸人さんが、中村さんの話を
聞いて深く肯いている。
ディレクターの末次徹さん、
デスクの柴田周平さんと熱い
握手をかわす。
中村征夫さんの手は大きく温かかった。
中村さんは、末次さんといっしょに、
「やあ」と風のように去っていった。
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