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2007年10月19日 (金)

生命というものの根源的な力

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
2007年10月18日の収録は、
沖縄で義肢・装具の制作に
取り組む佐喜眞保さん。

佐喜眞さんは、子どもの頃の事故が
原因となり、背骨に障害を
負った。

重いものが持てずに、
お母さんが一緒に学校に
行き、給食当番や掃除を
助けてくれたという。

「背中にコブがあるのが、
気になって仕方がありませんでした」
と佐喜眞さん。

野球などをやっていて、
あと一人足りない、という時に、
近くに佐喜眞さんがいるのに、
仲間たちはわざわざ誰かを探しにいく。
そんな時、佐喜眞さんは
とても寂しい思いを
したという。

手術をして、身長が2センチ伸びた
時、世界がぱっと明るくなり、
もう一度手術をすればもっと
伸びるんじゃないかと思った。

医者に頼んだら、今のままで
生活するには十分だと
言われたという。

このことがきっかけで、佐喜眞さんは、
障害を負った人たちが「生きる上では
十分」という理由で我慢を強いられて
いること、
もっと、障害者は自分の希望の実現に
関して貪欲になっても良いのだという
ことを体感する。

身体が弱かったから、そんな弱い自分を
隠そうと思って、思い切り強がった。

北海道の鉄工所に行って、
無理めの力仕事にも挑んだ。

転落する事故に遭い、
背中の障害が悪化して
入院を余儀なくされた。

そんな中で、奥さんと出会う。
となりの事業所にいる奥さんは、
障害でびっこを引いて歩いていた。
それでも明るく振る舞う姿に
一目ぼれした。

自分の方が障害が軽いんだから、
こいつの面倒はオレが見てやろうと
佐喜眞さんは思った。

自分のことでは恥ずかしいが、
他人のためならがんばれる。
佐喜眞さんは繰り返しそう言われる。

他人を思うことで、
自分が生きるエネルギーを
得よう。
佐喜眞さんはそう考えた。

ところが、学校を出て始めた
義肢装具士の仕事は、なかなか
軌道に乗らなかった。
道を開こうと始めた
ビジネスに失敗し、
多額の借金を負う。

「そんなことを考えては
いけないのだけれども、
自分さえいなければ全ては
まるく収まる。そんなことも
考えました」
と佐喜眞さん。

一目ぼれして一緒になった奥さんを、
自分が守れると思ったのに、
それができずに、情けなかった。

お酒を飲んだり、闘犬を飼育したり、
仕事以外のことに逃げた。
生活は、やさぐれていった。

そんな中、あるご夫婦に出会う。
奥さんが膝に障害を抱え、その障害を
補う装具をつくろうとするが、
なかなかうまく行かない。

佐喜眞さんが、諦めようと
すると、
付き添っていた夫が、とても
悲しそうな顔をした。

その表情を見て、佐喜眞さんは、
自分がその人たちをいじめているかのように
感じてしまったという。

「逃げてはいけない」
佐喜眞さんはそう思って、辛抱強く
開発に取り組む。

一年半後、今までよりも画期的に
軽い構造を持った装具ができた。
奥さんは楽に歩けるようになった。

日本ものづくり大賞を
受けるきっかけになった
技術革新。
長い苦労の末、やっと
佐喜眞さんの人生の道が開けた
のである。

自分が障害を持っているからこそ、
障害を持っている人の
切ない気持ちが分かると
佐喜眞さんは言う。

佐喜眞さんのお母さんは、
障害を持つわが子を心の底から
愛してくれた。

今、同じような愛を持って、
佐喜眞さんは義肢装具を作り続ける。

コンプレックスを克服した
わけではない、と佐喜眞さんは言う。
背骨の障害で、あまり背が伸びなかった。

「子どもたちは正直だから、
あの人大人なのに小さい、と平気で
言う。
そんな時は、怖ろしくて、とにかく
そこから逃げ出したくなります」
と佐喜眞さん。

しかし、その話す表情は、穏やかで、
見る者を動かす明るさに満ちている。

苦労するからこそ、
よりよく生きたいという希望も
強くなり、
前に進むエネルギーも大きくなる。

佐喜眞さんの姿に、生命というものの
根源的な力を見るような思いがした。

佐喜眞保さんが出演される
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
は、2007年11月13日に
放送予定。

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