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2007年6月30日 (土)

微笑んでいるんだと思います

住吉美紀さんの休暇や、
ボクのアメリカの学会などで
収録が三週間なかった分、
今週は立て続けに二回ある。

カメラ・リハーサルの後の
休憩時、「お客様コーナー」
で猛スピードでメールを読み、
返事をしていると、
「茂木さ〜ん」
という声がする。

顔を上げると、国分太一クンだった。
白いTシャツで、首からカメラを
下げている。

「あれっ、解体新ショーですか?」
「いや、今日は、ちょっと別の収録で。」

国分クンはカメラが回っていても
回っていなくても変わらない笑顔。
ステキな人である。

鬼師の美濃邉恵一さんがゲスト。
鬼師とは、鬼瓦をつくる職人のことで、
美濃邉さんは多くの人が
「当代一」と認める名人である。


美濃邉恵一さんの作った鬼瓦


カメラ・リハーサルの時には、
担当ディレクターの寺岡環さんが
美濃邉さんのかわりに鬼瓦の
形をヘラで整える仕草をした。


カメラリハーサルでヘラ仕草をみせる寺岡環ディレクター。

鬼瓦をつくることの難しさは
さまざまな点にあるが、
「乾燥」のプロセスに最大の困難がある。

通常の瓦に比べると大きいため、
中に水分が残っていると、
窯焚きの時に膨張して、
爆発してしまうこともあるのだ。

実際、美濃邉さんは京都で
本格的な仕事を任され始めた
矢先に、大きな失敗を経験
している。

窯焼きは、30時間も続く。
その間、鬼師はほとんど
眠らずに付きっきりになる。

最後の方で、鬼瓦をいぶす。
すると、土色だった瓦が、
「いぶし銀」に変化するのだ。

 数百年前の鬼瓦を復元するような
仕事においては、
「視力」に加えて「指力」
が大事になると美濃邉さん。

 見ているだけではわからない
古の職人の「魂」が、実際に
なでてみることでわかるというのである。

 受け身で「見る」感覚性学習だけでなく、
能動的に行為する運動性学習で、初めて
わかることがある。

 また、能動性の神経回路の作用によって
相手の気持ちがわかる(「心の理論」)
というのは、ミラーシステムの動作を
考慮しても肯けることである。

 「鬼というのは何なのでしょう?」
と美濃邉さんにうかがった。
 「鬼というのは、そんなに恐い存在
ではないんですよ」と美濃邉さん。

 「むしろ愛想があって、抜けている
くらいで、あれは何だろうと人が集まって
くる。それくらいじゃないと、魔除けには
ならないのです」
と美濃邉さん。

 「鬼の表情は、あれは泣いているん
でしょうか、怒っているんでしょうか、しかめっ面
をしているんでしょうか?」
 「いや、あれは、微笑んでいるんだと思います。」

 そんなことを聞いていたら、ボクは
鬼というものがとても好きになってしまった。

 「ボクはこれから鬼になろうと
思います!」
 収録の後、ボクはいろいろな人に
そう宣言した。
 きっと、意味不明だと思われた
ことだろう。

 「仕事をする」ということは、
自分の基準に照らして、恥じないことを
することであるという美濃邉さんの
言葉は、心に沁みた。

魂を込めて作られたものは、
そう簡単に捨てられない。

気軽に作って、捨てるということを
繰り返していては、
環境問題は悪化するだけである。

「魂を込める」というものづくりの
姿勢を復活させることと、
エコロジーの問題の間に補助線を
引いた時に見えてくることがあるの
ではないかと思う。

住吉美紀さんの提案で、
キャスター・ワークの
新しい試みをした。

内容は、編集で使ってもらえるか
どうかに影響を与えるかも
しれないので(すみきち談)、
有吉さんとかには秘密である。


鬼師・美濃邉恵一さんがゲストの
『プロフェッショナル 仕事の流儀』は
2007年7月10日放送予定。

http://www.nhk.or.jp/professional/schedule/index.html 


美濃邉鬼瓦工房
http://www.minobe-onigawara.com/ 

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コメント

おお、これがあの・・・鬼瓦! なんとも怖いようで、案外ユーモラスな表情をしているんですね・・・。一見おっかないように見えて、その実不思議に愛嬌がある、といいますか・・・。よくよく見ると、この鬼瓦、確かに微笑んでいるなぁ。かわいいな。

「指力」で思い出したのだが、20世紀に活躍した日本の彫刻家で高田博厚(1900〜87)という人がいる。この人は彫像を作るとき、モデルの外見はもちろん、内面すらも的確に捉え、作品に反映させていたという。彼が31歳でパリに留学した際に知り合った文豪ロマン・ロランは彼の仕事ぶりをこう評したという。
「君は指で思索する」
後に高田に己のブロンズ肖像の製作を依頼したほど、ロランは、彼の「魂をこめた」作品づくりをたたえていた。
このことは、鬼師の美濃邉さんの仕事ぶりにも通じるのではないかと思う。
高田博厚も美濃邉さんも、「指力」で「魂をこめた」もの(作品)づくりをしている。
対象物(モデルになる人物)の内面まで表現したブロンズ肖像を作り続けてきた高田の仕事も、数百年の鬼瓦を復元する仕事もすべてはつくるものに指で「魂をこめる」、この一点に帰結するのではないか。

現代社会は、この「魂をこめる」というものづくりの姿勢・精神を何故か忘却しているように思える。

>「仕事をする」ということは、自分の基準に照らして恥じないことをすることである・・
はたして、私も含めて、自分自身の基準に照らして恥じないように仕事をしているのか。働くものは自らに問うてみなくてはならない。
>魂を込めて作られたものは、そう簡単に捨てられない。
現代の「お気軽に作っては捨てる」という環境破壊につながる風潮を変えていくには、おっしゃる通り、
「魂を込める」というものづくりの姿勢からまず復活させることから始めなくてはいけないのだろうと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2007年6月30日 (土) 17時10分

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受信: 2007年7月11日 (水) 00時00分

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@火曜日(7/9)の夜10時、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見た。 @鬼瓦を作りつづける職人を“鬼師”という。そのなかでも卓越した鬼師・美濃邉憲一さんは、歴史的建造物の鬼瓦を何度も請け負った「達人の中の達人」だ。 @今回はその美濃邉さんがゲストだ。美濃邉さんの工房では、ご本人、妻、父親、そして息子といった家族ぐるみで、鬼瓦の製作に孜々と勤しんでいる。 @ある時、美濃邉さんのもとに、古い神社の鬼瓦が送られてきた。菊の花と葉をモティーフにした、複雑なつくりの鬼瓦。…すると彼は、粘土で同じもの... [続きを読む]

受信: 2007年7月13日 (金) 00時16分

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