« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »

2007年6月30日 (土)

微笑んでいるんだと思います

住吉美紀さんの休暇や、
ボクのアメリカの学会などで
収録が三週間なかった分、
今週は立て続けに二回ある。

カメラ・リハーサルの後の
休憩時、「お客様コーナー」
で猛スピードでメールを読み、
返事をしていると、
「茂木さ〜ん」
という声がする。

顔を上げると、国分太一クンだった。
白いTシャツで、首からカメラを
下げている。

「あれっ、解体新ショーですか?」
「いや、今日は、ちょっと別の収録で。」

国分クンはカメラが回っていても
回っていなくても変わらない笑顔。
ステキな人である。

鬼師の美濃邉恵一さんがゲスト。
鬼師とは、鬼瓦をつくる職人のことで、
美濃邉さんは多くの人が
「当代一」と認める名人である。


美濃邉恵一さんの作った鬼瓦


カメラ・リハーサルの時には、
担当ディレクターの寺岡環さんが
美濃邉さんのかわりに鬼瓦の
形をヘラで整える仕草をした。


カメラリハーサルでヘラ仕草をみせる寺岡環ディレクター。

鬼瓦をつくることの難しさは
さまざまな点にあるが、
「乾燥」のプロセスに最大の困難がある。

通常の瓦に比べると大きいため、
中に水分が残っていると、
窯焚きの時に膨張して、
爆発してしまうこともあるのだ。

実際、美濃邉さんは京都で
本格的な仕事を任され始めた
矢先に、大きな失敗を経験
している。

窯焼きは、30時間も続く。
その間、鬼師はほとんど
眠らずに付きっきりになる。

最後の方で、鬼瓦をいぶす。
すると、土色だった瓦が、
「いぶし銀」に変化するのだ。

 数百年前の鬼瓦を復元するような
仕事においては、
「視力」に加えて「指力」
が大事になると美濃邉さん。

 見ているだけではわからない
古の職人の「魂」が、実際に
なでてみることでわかるというのである。

 受け身で「見る」感覚性学習だけでなく、
能動的に行為する運動性学習で、初めて
わかることがある。

 また、能動性の神経回路の作用によって
相手の気持ちがわかる(「心の理論」)
というのは、ミラーシステムの動作を
考慮しても肯けることである。

 「鬼というのは何なのでしょう?」
と美濃邉さんにうかがった。
 「鬼というのは、そんなに恐い存在
ではないんですよ」と美濃邉さん。

 「むしろ愛想があって、抜けている
くらいで、あれは何だろうと人が集まって
くる。それくらいじゃないと、魔除けには
ならないのです」
と美濃邉さん。

 「鬼の表情は、あれは泣いているん
でしょうか、怒っているんでしょうか、しかめっ面
をしているんでしょうか?」
 「いや、あれは、微笑んでいるんだと思います。」

 そんなことを聞いていたら、ボクは
鬼というものがとても好きになってしまった。

 「ボクはこれから鬼になろうと
思います!」
 収録の後、ボクはいろいろな人に
そう宣言した。
 きっと、意味不明だと思われた
ことだろう。

 「仕事をする」ということは、
自分の基準に照らして、恥じないことを
することであるという美濃邉さんの
言葉は、心に沁みた。

魂を込めて作られたものは、
そう簡単に捨てられない。

気軽に作って、捨てるということを
繰り返していては、
環境問題は悪化するだけである。

「魂を込める」というものづくりの
姿勢を復活させることと、
エコロジーの問題の間に補助線を
引いた時に見えてくることがあるの
ではないかと思う。

住吉美紀さんの提案で、
キャスター・ワークの
新しい試みをした。

内容は、編集で使ってもらえるか
どうかに影響を与えるかも
しれないので(すみきち談)、
有吉さんとかには秘密である。


鬼師・美濃邉恵一さんがゲストの
『プロフェッショナル 仕事の流儀』は
2007年7月10日放送予定。

http://www.nhk.or.jp/professional/schedule/index.html 


美濃邉鬼瓦工房
http://www.minobe-onigawara.com/ 

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2007年6月29日 (金)

「祈り」と「祈り」

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

 肝臓癌の手術の世界的権威、
幕内雅俊さんがゲスト。

 肝臓の中には血管が張り巡らされて
いて、その手術は高度な技術を
必要とする。
 一方、腫瘍をとりのぞき、機能する
肝臓を残しさえすれば、
 たとえ大きさが1/3になって
しまったとしても、一月余りの間に
元まで再生する。

 幕内さんは、他の医師ならば
手術をあきらめる腫瘍数の
多い癌でも扱うことができる
卓越した技術を持っている。

 番組では、その幕内さんでさえ
経験したことがないきわめて
腫瘍数の多い患者さんの手術を
見事成功させる様子が描かれる。

 見ている方もドキドキし、
手に汗握った。

 幕内さんとお話ししていて
大変感銘を受けたのは、
 最も強い喜びは、困難に
挑戦した時にしか得られないという
洞察であった。
 
 幕内さんは、
医学のフロンティアに属する手術に
挑戦する。
 幕内さん自身が、「医療として
できること」の範囲を広げて
きたのだ。

 その過程で、当然困難に直面する。
 しかし、だからこそ、それを乗り越えて
成功した時に、大きな喜びを得る
ことができる。

 最近は、若い医者の間に、
外科や産婦人科など、大変な医療科を
避ける傾向があるという。
 幕内さんは、そのことをとても
残念がる。

 困難だからこそ、挑戦し克服すれば
得られる深い喜びがあるのに、
それを知らない。

 この番組を見て、外科医を志す
人が少しでも増えてくれればと
願う。

 何よりも勇気づけられるのは、
元気になった患者さんの笑顔だと
幕内さん。
 命が助かったということ以上に、
人々が喜びを爆発させることはない。
 
 患者さんが助かれば、
自分も力をもらえる。
 逆に、亡くなるようなことが
あれば、自分の体調も悪くなると
幕内さんは言う。

 医療は、決して、「生か死か」
の境界を扱うのではないと幕内さん。
データとロジックの積み重ねで、
 「このような施術をすれば
絶対に安全」という領域を
見いだし、その中でオペレーションを
するのが現代の医療だという。

 それでも、亡くなる患者さんが
いるが、それは病気の進行によるもの
であり、医療行為自体は
二重三重の安全策をとるのが
理想であり実際でなければならない。
そう幕内さんは言われる。

 十時間立ちっぱなしは当たり前。
移植手術などでは二日間に
わたる幕内さんの現場は技術的にも体力的にも
過酷。

 「しかし、それが私たちの日常
ですから」と幕内さんは言われる。
 素人から見たらどんなに過酷な
状況でも、それを日常とする
「日常力」こそが、大切なのだろう。

「確率」と一人称の生について
私が以前から思っていたことが、
幕内さん自身から言葉として
出たことに驚き、感銘を受けた。

 科学的には、
ある施術をして「五年生存率」
が何%であるかという議論を
積み重ねなければならない。

 「しかし、一人ひとりの
患者さんにとっては、自分が
助かるかそれとも助からないか、
0か1なのです」
と幕内さんは言われた。

 統計的なデータを追う
プロの医学者としての態度と、
個々人の生の有限性に寄り添う
文学的態度が自分の中では
共存しているのだと
幕内さん。

 「もちろん、外科医として
プロフェッショナルな判断を
する時には、文学的センチメンタリズムは
介在する余地がありません」
と断言されるその表情が
何とも言えず魅力的であった。

 スタジオでの4時間にわたるお話の
最後近く、
 「長時間にわたる過酷な手術の中で、
思わず祈りたくなる時がありますか?」
と伺うと、幕内さんは
 「自分の体力がこの手術が終わるまで
続いてくれ、と祈ることがあります」
と言われた。

 自分が倒れれば、患者さんにも
影響が出る。
 どうか、自分の気力体力が
続いてくれ、という祈り。

 「祈り」は、生の個別性に
付随して生まれるのだと改めて
知る。

 手術に向かう患者さんは、もちろん
祈るしかない。
 施術する幕内さんもまた、
自らの生が過酷な手術に耐えてくれる
ことを祈る。

 手術室は、究極のところ患者と外科医の
「祈り」と「祈り」
が交錯する場所なのである。

 幕内雅敏さんがゲストとして
出演される『プロフェッショナル
仕事の流儀』は、2007年7月3日
放送予定。

| | コメント (11) | トラックバック (2)

2007年6月16日 (土)

小山さんのこと

6月の人事異動で、小山好晴さんが
「@ヒューマン」のチームに移られた。

小山好晴さんは、デスクとして
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の番組が開始した時から、
大車輪の活躍をしてきた。

チーフプロデューサーの有吉伸人さんも、
小山さんのことを心から信頼して
いるということが様々な機会に伝わってきた。

小山さんはもの静かな人だ。
大きな声で自分の意見を言ったり、
強く主張するというようなことはない。

それでも、小山さんが様々な事柄を
きちんと把握して、必要ならば
決断や実行をできる人であることは、
佇まいからすぐにわかった。

デスクの仕事は、何人かの
ディレクターとともに番組の方向を決めたり、
編集したり、副調整室で収録を仕切ったり
といった大切なもの。

小山さんのお仕事ぶりには安定感があって、
おそらく沢山のアクシデントや修羅場が
あったと思うけれども、
その静かな笑顔は一度も乱れる
ことがなかった。

小山さんは、台湾の方と縁があり、
やはり台湾が好きな私と何となく
波長があった。

小山さんの素敵な笑顔を思い出すと、
あの島のやさしく暖かい風情が
連想される。

これからもお目にかかることがあると
思うけれども、小山さんと
『プロフェッショナル』の仕事を
ご一緒するのは、とりあえずこれで
おしまい。

さびしいけれども、前に進まなければ。

小山さん、どうもありがとうございました。

どうか、お元気でご活躍ください。

また、台湾の話をさせてください。


『プロフェッショナル』の打ち合わせ中の小山デス


デスクとしての最後のスタジオで想いにふける
小山さん。

送別会の時のボクから小山さんへのメッセージ
音声ファイル(MP3, 1.4 MB, 94秒)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2007年5月 | トップページ | 2007年7月 »