« そのような「インテグリティ」があって | トップページ | 小山さんのこと »

2007年5月 5日 (土)

自分の中の植物

競馬の調教師として、
圧倒的な実績を誇る藤澤和雄さんが
ゲストでいらっしゃる。

担当ディレクターは本間一成さん。

藤澤さんの調教の特徴は、馬に
ムリをさせない「馬なり」調教。

人間がペースを強制するのではなく、
馬が自然に群れをなして走るように
し向ける。

その時、弱い馬が強い馬と一緒に
走ると、弱い方は自然に「引き上げて」
もらえる。

ペースが異なり過ぎて、弱い馬が
引き離されてしまうと、その時点で
「やる気」を失ってしまうのだという。

能力別学級編成や、学校の入試など、
人間界のさまざまな矛盾にも当てはまる
ような話。

馬にとって、競馬の勝負は元来関係なく、
負けても、のほほんとしている。
人間のように、オリンピックで金メダルを
とらなくては、などとしゃかりきに
なるのではなく、いわば、「無為自然」
としてそこにある。

そのような馬を、いかに走らせて、
勝たせるかということが、藤澤さんの
お仕事なのだが、それはとても不可思議な
間合いに満ちたことのように思われた。

下手にがんばらせ過ぎると、馬は
消耗して、もう走る気が失われてしまう。
だから、抑え気味に、「余力」を残して
おくことが肝心である。
そのことが、「一勝よりも一生」という
藤澤流の調教術につながる。

そのようなアプローチは、
馬を、動物というよりは、
あたかも「植物」として扱っている
かのように、私には思えた。

人間の中にも、間違いなく「植物的」
な側面はある。どんなにしゃかりきに
がんばろうと思っても、しっかりと
根付き、太陽を浴び、栄養をとって
いなければうまく行かないことがある。

ゆるやかに育まれる
ファウンデーションのようなものが、
人間の中にも確かにあって、藤澤さんが
馬たちに向き合うその姿から、
そのような生きものとしての真実が
照射されるように感じた。

藤澤さんは、いつも笑顔を絶やさない。
馬たちに、いつも声をかける。
藤澤さんの気分が、馬たちに敏感に
悟られて、それが感染するからだと
言う。

人事を尽くして、しかし最後は
どうなるかわからない。
どのような結果になっても、全力を尽くした
以上、仕方がないことである。
そんな諦観のようなものを、藤澤さんの
笑顔に見た。

馬たちはかわいい。

住吉美紀さんが、スタッフブログに
馬の絵を描いた。

http://www.nhk.or.jp/professional-blog/100/2818.html 

えふでぃーズこと、山口佐知子さんが、
私がホワイトボードに書いた
「おつかれさま」という文字を
パチリしてくださっていた。

http://www.nhk.or.jp/professional-blog/200/2819.html

いつもと違うスタジオでの収録で、
初めて見るものがあった。
白黒のパターンをカメラが撮っている。

「これは何ですか!」と聞くと、
「ホワイトバランス」を測っている
のだという。

「いつも茂木さんがスタジオに来る前に
やっていることなのです」

 番組が放送されるまでには、気が遠く
なるほどのステップの積み重ねがある。

 有吉伸人さんたちが編集室で
「試写」をしているところにおじゃました。

取材中のゲストについて、VTRを仮編集して、
どんな印象か、今後の方針をどうするか、
を決める。

 有吉さんがいつも「これからシシャです」
「シシャがありますから」と呪文のように
唱えていたことの正体は何か。
 その一端が明らかにされた。

 継続するということは、
つまりは、一つの植物を自分の中で
大切に育てるということなのだと
思う。
 
 その場でいきいきと応ずることも
大切だが、
 自分の中の植物が枯れてしまっては
仕方がない。

 自分の中の植物の姿を見きわめ、
水をやり、肥料をやり、じっくりと
大きく健やかに育んでいきたい。

|

« そのような「インテグリティ」があって | トップページ | 小山さんのこと »

コメント

我等人間を含んだ動物には、確かにジックリ太陽の光を浴び、シッカリと張った根から土から養分を吸収し、ゆっくり成長を続ける植物のようなファウンデーションがある。

そういうファウンデーションを静かにジックリ育むことは本当に大事だ。

藤澤さんの競走馬の育てかたは、馬に合わせてムリをさせない調教法というが、人の都合を押しつけず、馬に合わせて調教するのが、よい競走馬が育つコツなのだろう。

そしてそれは、自分の中の“植物”をジックリ育てていくのに何処か似ているように思える。

投稿: 銀鏡反応 | 2007年5月 5日 (土) 11時00分

お疲れさまでした。
人間相手なら、言葉で話せばなんとかなると考えてしまいます。でも、動物や植物を相手にするとなったら...。

動植物との対話には、コミュニケーションの原点があるように思えます。そのあたり、番組を見て、対人間と信頼関係を築くための参考にできればと思います。

投稿: サーファー | 2007年5月 6日 (日) 07時13分

「チッ、今日は鼻の差で2位か悔しいな~」とか馬は思わないのですね。1番でゴールしたものが勝つという競馬のルールを馬はやはり知らないのでしょうか?競馬を見ていると馬たちはそれを知っているように見えるのは私だけでしょうか。動物の本能は様々なTV番組などで紹介されますが、動物の自意識はどのような構造になっているのでしょう。因みに植物にも意識はあるように私には思われます。私は子供のころから切り花が苦手で、なにか痛そうに感じてしまいます。切られて死んでいるはずなのにつぼみが閉じたり開いたり、妙な怖さがありました。

投稿: ダンテス | 2007年5月 6日 (日) 22時59分

~ヤマトダマシイの
話をしながら涙ぐむ藤澤さんに
胸を打たれました~

去りてはまた還る
過ぎし日の 悔恨の念
まばゆき夏の 思い出に似て
消えることなき 永遠(とわ)の友

孤高の背には 光る十字架
面(おもて)に夕日 浴びながら
今日も芝生の上に立つ

かたわらには ヤマトダマシイ
鬣(たてがみ)ゆらし
時に男の頬を舐め
昨日も今日も
来世の行く手も‥

(勝手にセンチメンタルな気分に浸ってしまいました。)

投稿: なまはげ | 2007年5月16日 (水) 20時22分

競馬ファンということを差し置いて
ちょっと引いた目線で番組を拝見しました。

今後の自分自身にとって
非常にためになる内容でした。


   『一勝よりも一生』


藤澤師の信念に基づく競馬論(仕事論)

『頼まれた仕事をきちっとすること、
             できる人。』


誰でもが出来ることではないだろうが、
自分自身も、そうでありたい。
 

投稿: ■ オオイ商店 | 2007年5月17日 (木) 02時32分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 自分の中の植物:

» [人間学]競馬調教師 藤澤和雄 [Earth :: japan :: usukey]
第51回 2007年5月15日(火)放送予定 未来を見すえる者が勝つ 〜競馬調教師・藤澤和雄〜 競馬界の革命児と言われる競馬調教師・藤澤和雄(55)。その独自の調教術で、次々と競馬界の記録を塗り替えてきた。10年連続の年間最多勝、有馬記念3連覇、そして海外G�制覇・... [続きを読む]

受信: 2007年5月15日 (火) 23時01分

« そのような「インテグリティ」があって | トップページ | 小山さんのこと »