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2007年3月16日 (金)

負ける人生

プロフェッショナルの収録は、
新年度分に突入している。

 新しくなったことがいくつかあって、
一つは「椅子」

 今までの椅子は、大きく動くと
ぎしぎしすることがあったのだけれども、
いくら動いても音がしない
椅子に新調された。

 三つの候補の中から選択したのは
住吉美紀さん。

 すみきちセレクトの椅子に座って、
これからもがんばる。

 新年度、スタジオで一人目の
ゲストは、建築家の隈研吾さん。

 シンポジウムなどで何回かお目にかかった
ことはあるが、
 3時間以上にわたって真剣な対論を
することで、今まで以上深く隈さんの
建築に関する哲学を知ることができた。

 隈さんの建築を表す有名なキーワードは
「負ける建築」。

 今までの現代建築が、ともすれば
環境と無関係に自分を強く主張することに
フォーカスしていたとすれば、 
 隈さんの建築は、その土地の環境の中に
ある「制約」から出発する。

 近現代建築を支えてきたコンクリート
という素材は、建築家が頭の中に描いた
イメージをそのまま自由に表現することが
できる。
 言い換えれば、そこには制約は少ない。

 一方、木などの素材は、なかなか言う
ことを聞いてくれない。
 強度や組み立ての際の技法などにおいて、
 さまざまなめんどうな制限がある。

 自分の頭の中にある観念論、イメージから
出発すれば、土地や素材の制約は
 自らの芸術的衝動の表出を妨げる
「敵」だということになってしまう。

 しかし、隈さんは、その「敵」に「負ける」
素材や土地に内在する「制約」に従い、
むしろそれに沿った表現を見いだそうとする。
 
 肝心なのは、「制約」は「発見されるもの」
だといことである。
 制約は、全てが最初から白日の下に
明らかになっているわけではない。
 むしろ、多くの制約は隠され、水面下で
この世界のリアリティを支えている。

 「制約」を発見するということは、決して
後ろ向きの行為ではなく、
 さまざまな工夫とひらめきと「納得の行く」
一つの世界観への衝動に支えられた、
 創造的行為なのである。

 「制約」を発見するということは、
科学の本質にも通じる。
 ファンタジーの中では、この世界の
中ではどんなことも可能だと思ってしまい
がちだが、
 実際には宇宙の中で起こることは
限られている。
 
 なぜ、限られたことしか起こらないのか。
 その背後には、巧みに隠された数々の
制約があるのである。

 科学とは、「何でもあり」のファンタジーの
世界から、この地上へと降りていくプロセス
において露わになる
様々な制約を発見する営みである。

 月なんてかってにぐるぐる回って
いればいいだろう、
 りんごなんて勝手に落ちればいんだろう
という野放図な世界観が、「制約」
に着地したのがニュートン力学でる。

 科学という方法論、隈さんの
「負ける建築」という哲学は、
 ひとりの人生で言えば、
夢見る青春時代から
具体的な職業人への着地における大切な
ことと深く結びついている。

 近現代建築は、ともすればある土地を
「さら地」にして、その上にどんな線でも
書けるという前提の下につくられてきた。
 
 しかし、本当はどんな土地にも歴史や
風土に由来するさまざまな制約がある。
 
 人生も同じこと。青年期は、自分という
土地にどんな建築でもできると思いがちだが、
実際にはそんなことはできやしない。

 具体的な職業に着地することは、
魂をひんやりとさせる作用があるが、
それはつまり、自分の身体や脳髄、環境に
根ざす「制約」に「負ける」ことを意味する。
 
 いつまでも「さら地」でいる
ことはできない。いつかは「制約」に「負け」
なければならない。
 そのようにして初めて得られる人生の
豊饒がある。

 「負ける人生」こそが豊かなのである。

 景観問題においても「負ける」ことが
大切。

 最初からトップダウンで
ああしろこうしろと基準を決めるのではなく、
ただ、それぞれの建築主が周囲の環境に
「負けよう」とすれば、自然に調和が図られるの
ではないか。

 江戸時代の日本の景観が調和していたのは、
つまり、人々が「負けて」いたからであろう。

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コメント

椅子 よりかからず・・ですね。
新しくなった事のいくつかの中に、ゲストの後ろに映り込む点の色んな光が微妙に動いて見えるの無くなったら・・いいな。茂木さんはそうお感じになられませんか?
放映時間の変更を告げる画面、茂木さんが宇宙遊泳しているみたいでした。きっとそのあたりが、プロフェッショナルの番組のもうひとつの魅力です。

投稿: 井上良子 | 2007年3月16日 (金) 09時16分

「制約」に「負ける」とは、
「法則」に「従う」という事なんですね。

法則に従わず、
「我」を出して「勝つ」という姿勢が無くなった時、
「制約」が見つかり「負ける」事が出来る。
さらに周囲の環境を「勝たそう」「生かそう」としている姿勢が素晴らしいですね。

放送を楽しみにしております。ありがとうございました。

投稿: 古谷伸 | 2007年3月16日 (金) 10時44分

昨今、流行った「負け犬」という言葉が、30代以上の女性に物議をかもしましたが、負ける人生が豊か、との言葉は心にすーっとしみこみました。負けるとは、負=マイナス 足してばかりいる人生ではなく、引いてみるのも大切なんですね。

投稿: 菫 | 2007年3月16日 (金) 10時59分

ほんとうに、ほんとうに、
そうですね。

投稿: ちからいし | 2007年3月16日 (金) 11時09分

茂木ワールド全開ですね。

本日もたっぷり堪能させて
もらいましたよ。

勝つことだけが能じゃない。

自然や環境に「負けてやる」
ことも必要なんですね。

投稿: hashimoto | 2007年3月16日 (金) 12時30分

毎回感じるのですが、
茂木さんって、プロフェッショナルの番組、
仕事ってかんじじゃなくて、
勉強に行ってる感じがします。

いまやっていることもすべてが勉強だと
思えばいいんだろうなと。

投稿: 岡崎 | 2007年3月16日 (金) 13時17分

「負ける人生」何かに負ける。上手く言葉に出来ませんがとてもよく理解できます。頭ではなく心にインプットしてきました。
私と思っている脳はとても不器用で結構激しく「負けなさい」と言われないと現実生活の中で行動に移せないところがありますが、結局「負ける」事において・・・導かれている事を知ります。 もっとピュアで自然体でありたいと思います。素敵なブログに出会えて今日は幸せな日になりました。ありがとう。

投稿: Lakshmi友侑香 | 2007年3月16日 (金) 13時28分

初めまして。

番組は毎週、生きる力として充電させて頂いてます。

すみきちさんのお眼鏡にかなった椅子、楽しみにしています。


>建築は、その土地の環境の中にある「制約」から出発する

これを
学校教育に置き換えずにはいられませんでした。


教育は、
その子供の生きていく力の中にある
「制約」から出発する

↓↓↓
発達障害児(困りどころのある子)の

困りどころに沿ったサポートを見つけだしていく事。


つまりは、


今までの学校教育にありがちな

“先生の描いたイメージをそのまま表現する、制約の少ない指導”

ではないのだよと。


茂木さんの言葉から

そんな事を頭に思い浮かべてしまいました。

>なかなか言うことを聞いてくれない素材や土地に対する「制約」に従い、

>むしろそれに沿った表現を見出だそうとする

であり、

>肝心なのは、「制約」は「発見されるもの」だということである


また、

>「負ける人生」こそが豊かなのである


これぞ

先生の主張を突っ張り通すより、

子供の、目に見えにくい「特性」を発見し

困りどころ「特性」を知る事が大切で、

それを理解しながら創り上げていくのが教育と言うもの。

「制約」「特性」を発見するということは、

>決して後ろ向きの行為ではなく、

>様々な工夫と閃きと「納得の行く」一つの世界観への

>衝動に支えられた、創造的行為なのである


そう感じました。

茂木さんの言葉にかかると、
とても素敵な表現に変わりますね。

投稿: ちゅん平 | 2007年3月16日 (金) 14時33分

ここでいう「負け」とは「従う」を意味しているのだろうか?

…江戸の景観が調和していたのは当時の自然環境に人々が「負けて」いた、つまり「従って」いたという。

それほどあの時代は、自然も人も一体だということをみなが無意識のうちに認識していたのではないだろうか。

いま、周囲の環境や文化の成り立ちといった「制約」に「圧勝」せんと、次々とマンションや高層建築が建てられている。「制約」への順応なくして、如何して、調和のとれた街並、住環境になれるというのか。

隈さんはそのことを心底分かりきっている、数少ないタイプの建築家なのだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2007年3月16日 (金) 23時40分

まっっったく、その通りだと思います!!
最近、ずっと思い続けていたことを
まとめて言われた感じでしたw
こう言う人がいます「毎日毎日、同じことの繰り返し」
「仕事と家を、往復するだけの毎日」
「変わらない日常」
そんなはずはありません。
毎日毎日、色んな変化があって
毎日毎日、色んな出来事が待ち構えています。
ただ、見ようとしていないだけなんですよね。
自分で勝手に描いた日常に、線引きをしてしまい
「勿体無い」を繰り返してるだけだと思うのです。
「制約」とおっしゃいましたが、その「制約」を認識することで、とんでもない「変化」を見つけることが出来ると思います。
型にはまるのを恐れて、実は自分から身を投げ出している事って、きっと多いですよね。
「負ける人生」感服いたしました。
でも、スタジオの椅子が変わるとか・・・
知らないところで、バージョンアップされているのですねw

投稿: たけちん | 2007年3月17日 (土) 03時21分

茂木さん

「負ける建築/負ける人生」という言葉、とてもいいですね。
こういう言葉を表現できるなんて、本当に素晴らしいと思います。

「負ける」という言葉は、普通、誰もが受け入れたくないと思うはずなのに
なぜ、これほど心を揺さぶるのかと考えてみました。

その結果、
「勝つ/負ける」という、直感的に、人間に対して使う言葉を、
建築という人間以外のモノに対して使っているから
と思いました。

小さい頃の「勝つ/負ける」は、「遊びや競技の結果」としての意味を指すことが多かったと思いますが
年を重ねるにつれて、勉強やビジネスといった「競争の結果」としての意味を指す事が多くなっていくような気がします。
それに加えて、科学技術等の進化によって、無謀にも自然を相手に「勝つ/負ける」を
意識するようになってきている、そんな気がします。

「勝つ/負ける」という言葉自体が、自己中心的な言葉と
改めて思いました。

そう考えると、「負ける建築/負ける人生」ということの意味が
自分が負けることで、周りが活きる、周りが活きることはめぐりめぐって最終的には自分も活きること
と理解しました。

投稿: 清田学 | 2007年3月17日 (土) 04時25分

「子どもを産む」という制約を課したことで、随分と私は私らしく生きている気がします。
「2人目の子どもを産まない」という制約により、人生の途中で投げ出していた音楽を再開するという制約の中に飛び込みました。
制約が増えて行くにつれ、自分の自由に対する感度は上がっていっているように思います。

投稿: K | 2007年3月20日 (火) 09時35分

茂木さん、こんにちは。

いつもプロフェッショナルを楽しみに、その日だけは残業せず家に帰るようにしております。

私の今いる会社は20名ほど。転職して1年数ヶ月になりますが、このぐらいの規模ですと以前の会社では全く考えもしなかったことを考えるようになりました。
お金をもらうプロセス、社員のモチベーションをどう上げるか、エキサイティングな会議のやり方など。

今思えば数年前、熱い先輩を「カッコ悪い」と思っていた頃がありました。そんな自分に罪悪感があります。
その熱かった先輩の気持ちに数年後の今やっとなれたのです。

「社長が一番前のめり」と南場さんの放送がありましたが、その言葉が心に残っております。
「この人に着いて行こう!」と思われるような人間にになりたい。ちょっとぐらい空回りしてもいいんじゃないかなと思ってます。
仕事でもプライベートでも、もちろん愛しい妻からも。。。そう思われるようになりたいですね。

投稿: 写真父さん | 2007年3月24日 (土) 12時09分

こんにちは。お初にコメントします。

「負ける人生」という一言だけで、悪いことだと思う―そんな捕われがちな私を感じました。競争や勝ち負け、下流などという言葉に毒されているのでしょうか。
自由な発想をしたいと日々思います。

投稿: moon-moon | 2007年5月23日 (水) 05時10分

遠藤周作の鳥の中で仙人が「あきらめることの豊かさ」という同じことを言っていたのを思い出しました。じっくり続き読みます。

投稿: gordy | 2007年10月17日 (水) 09時34分

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