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2007年2月19日 (月)

ぶつからないで済みますよ!

北村愛子さんとのスタジオ収録の前に、
音声の鷹馬正裕さん、カメラの長田正道さんと
喫茶店で話していた。

「どうして映像って覚えていられるんでしょうねえ」
と鷹馬さんが言う。

「えっ、どういうことですか?」

「音を聴くとね、ああ、これはあそこの場面で、
顔があっちの方に向いていて、背景がこうで、
と覚えているんですよ」

「鷹馬さん、それは、普通の人はできません」

「そうなんですか」

「きっと、プロが撮影、編集した映像にはある種の
文法があるからではないですかね。羽生善治さんが
言われていましたが、プロ棋士どうしの対戦譜は
覚えていられるけれども、素人将棋の棋譜は覚え
られないそうですよ。」

「そうかもしれませんねえ。」

長田さんにカメラを持たせていただいた。
肩の上に載せるタイプである。

「うっ。重いですね。」

「ええ、バッテリーとおもりがフル装備ですから。
17キロはあるでしょう。」

「おもりって・・・・どういうことですか
わざわざ重くするのですか?」

「ほら、この、バッテリーの後ろについている
んですよ。これをとるでしょ。かつでみてください。
バランスが変わりますから。」

「ホントだ。前が重くなっていますね。」

「この状態だと、何分も持たないですよ。おもりを
つけてバランスをとった方が、かえって長く持てるのです。」

長田さんの体つきをあらためてみると、筋骨隆々
である。

「あれっ、茂木さん、ファインダーをのぞくとき、
ちゃんともう一つの目も開いていますね。偉い」

と鷹馬さん。

「そうしていれば、移動しながら撮影している時、
ぶつからないで済みますよ!」

ロケの時など、気楽に眺めていたカメラワークが
一大事業であるように思えてきた。

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感化力

北村愛子さんとの対話
(2007年2月22日放送予定)
には、心を動かされた。

 全国に約76万人いる看護師の中でも、わずか
186人しかいないという高度な知識と技能を
身につけた「専門看護師」。
 北村さんの専門は、生命の危機に瀕している
患者さんを扱う「クリティカルケア看護」である。

 北村さんは、患者さんの手を
すぐに握る。
 なぜそうするのかと伺ったら、
「エネルギーをもらっているのです」
と言う。

 普通は、手を握ることで患者
さんにある種の治癒効果をもたらす
などの答えを期待するところであるが、
逆の発想に心をうたれた。

 たとえ病気で弱っていたとしても、
生きている人間の肉体はあたたかく、
その手を握ることで、過酷な職場の中で
とかく滅入りがちな気持ちを奮い立たせる
のだという。

もちろん、患者さんも力を受け取っているに
違いない。
関係というものは、本来双方向であり、
対称的なものであるという事実を確認する。

 病院に入った患者さんは、むろん
身体が弱っているわけだが、
 そうでなくても、見舞いなどで
病院に行くと、何となくこちらも
心身が弱ったような気分になるものである。

 しかし、北村さんにとっては、
逆であるという。
 生きようと懸命に闘っている
患者さんの姿は、むしろ生命そのものの本質を
明らかにし、エネルギーを受け取ることが
できるのだという。
 
 北村さんのお話をうかがっていて、
「弱さの中の強さ」ということを思った。

 この世で一番強い存在の一つは
赤ちゃんである。
 赤ちゃんが泣き出すと、みな釘付けになる。
 おむつを替えなければならないんじゃないか、
お腹が空いていてミルクをあげなければ
ならないのではないかとおろおろする。

 病院では、医師、看護師、付き添いの家族
といった皆が、患者さんの快復のために力を
注いでいる。
 弱いがゆえに、それが一つの磁力と
なって人々を惹き付け、そして結果として
力を得るという構造がこの世には確かに
あるようである。

 弱き者がひたむきに何かに向かっている
時に、人は感動する。
 助けてあげたいと思う。

 欠点や弱点もまた、同じことではないか。
劣っているところ、欠落していることを自分の
中に抱えて隠してしまうのではなく、
 むしろさらけ出すことで
 そこにある種の磁場が生じて、補助して
あげようという人々が現れる。

 北村さんには周囲の人を変える
感化力があるが、
 それも、北村さんが一つの目標に向かって
ひたすらにがんばると同時に、自分の弱さを
さらけ出しているがゆえであろう。

 「特に、ご自身の力の依って来たる
ところを本人が必ずしも自覚していないから
こそ、より一層感化力が高まるんですよ」

 番組終了後、北村さんとの対話を振り返り
ながら、そう有吉伸人さんが言った。

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2007年2月13日 (火)

リップ・ノイズ

先日の収録の時、音声チームの鷹馬さんと
スタジオの外で立ち話をしていた。

そうしたら、驚愕の事実が明らかになった。
収録後、鷹馬さんたちは、
私たちの声をいろいろ加工しているのである。

「あのうそれは、つまり、声の「整形」
をしているということですか。私の声が
もっとかっこよく聞こえるようにとか?」

「いや、そうではなくてですね、いろいろな
ノイズとか入っているじゃないですか。それを
除去するのです。たとえばリップ・ノイズとか。」

「リップ・ノイズ?!」

「人間というものは、話し始める前に、
唇がすれて音が出たりするものなのですよ。
それを取り除いたりするのです。」

そんなものがあるとは、想像もしていなかった。

プロの世界というものは、実に奥深いものである。

祝日の夜、下関から帰ったその足で
NHKに向かった。

有吉伸人さんが、「打ち合わせの前に
とりあえずメシでも食べてしまいましょうか」
というので、
デスクの小山好晴さん、ディレクターの池田由紀さんと「一食」に降りていった。

食堂の入り口で、有吉さんが
「みっちゃん!」と声をかけている。

その「みっちゃん」は、音声チームの
人だった。

こんにちは、と挨拶した。みっちゃんはちょうど食べ終わった
ところで、仕事を続けるために戻っていった。

「あの人たちはね」

豚肉のショウガ焼き定食をほうばりながら
有吉さんが言う。

「われわれが聞いてもわからないような
ノイズを聞き分けてしまうんですよ。」

「ふんふん、なるほど。」

ボクは、お腹が空いていたので、
リップ・ノイズをたくさん立てながら
ご飯をほおばった。

耳を澄ませば、世界のあちらこちらから
リップ・ノイズが聞こえるでしょうと、
音声のプロたちが言っているような気がする。

「みっちゃん」からメールをいただいた。
「みっちゃん」は、本当は、三井慎介さんというお名前です。

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三人のプロフェッショナル

先日の『プロフェッショナル 仕事の流儀』
のイベントの際の、「三人のプロフェッショナル」
たちの写真。
こうして見ると、The three tenorsのようで、
本当に豪華である。


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2007年2月11日 (日)

共感する

NHKの放送センター前にある
「ふれあい広場」にて、
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
のイベントが行われた。

控え室に入ると、
『プロフェッショナル』に
出演いただいた挟土秀平さん、秋山咲恵さん、
佐藤章さんの三人が並んで座って
いらっしゃる。

一人でもキャラが立ち、存在感が
ある方々なのに、三人そろうと、
まるで「横綱そろい踏み」のようで、
ゴージャスである。

住吉美紀さんが、「違うマンガの
キャラクターが一つの場所に勢揃い
したようですね」とささやく。

イベント開始。
「ふれあい広場」に集まった参加者を
前に、
『プロフェッショナル』に出演して
の周囲からの反響、
今の仕事を選んだ理由、
苦労したこと、これからのヴィジョン
などについて語っていただいた。

秋山咲恵さんは、本当にまじめでまっすぐ
真剣な方なのだなと改めて感じた。

まじめさの継続がもたらす、驚くべき
力。
真剣に前向きに取り組んで、それを
長い時間続ければ、人間は驚くほど
遠くに行くことができるのだろう。

佐藤章さんは、今度はキリンビールに戻って
ビールを担当されるのだという。
「今、解決すべき課題がたくさん頭の
中にあって、大変な状況なのですよ」
と佐藤さん。

辞令が出てすぐだというのに、
すでに全人格的に問題の
中に飛び込んで、懸命に考えていらっしゃる。
その姿に感銘を受けた。

挟土秀平さんは、相変わらず話が面白い。
予想もつかないような話題や表現が
ぽんぽんと飛び出す。

今後やりたいことは? とお聞きしたら、
「その場で一時期現れて、やがて消えて
しまうような、そんな左官をしたい」
とのこと。

「お化粧もある意味では壁塗りでしょう。
でも、一時で消えてしまうでしょう。
そんな新しいことをしてみたいです」

挟土さんの脳裏にどんなイメージがあるのか、
やがて明らかになることでありましょう。

それぞれのプロフェッショナルが、どの
ようにして道を切り開いてきたか、
そのやり方は一人ひとり違う。

番組を見る人が置かれている
状況も、一人ひとり違う。

だから、表面的なノウハウを
まねしようとしても、必ずしも
うまく行くとは限らない。

むしろその生き方に共感するという
ことの方が、価値が高いのではないか。
感情のレベルで、力をもらう、
逆境でも負けない、それでいいんだという
生命哲学を受け取る。
そういったことが、
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の大切な価値なんじゃないかなあ、
と三人のゲストの方のお話を受けて
言ったら、
住吉さんが「茂木さんがそう考えて
いらっしゃるなんて初めて知りました!」
との感慨。

イベント会場にいらした方も、
三人のゲストに多くの共感をおぼえ、
力を受け取ることができたの
ではないだろうか。

みなさん、ありがとうございました。

最後に、「この会場には番組を
作っているスタッフも来ています」
と住吉さんがアナウンスし、
有吉伸人さんが立ち上がって、
イベントは終了した。

有吉さんとボクには、良く
着ているジャケットがY’s
であるという共通点がある。

有吉さんの上着が会場の隅の
方にふわっと見えた時、
なんだか懐かしい気持ちがした。

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2007年2月 9日 (金)

言葉の意味ではなく

NHK『プロフェッショナル』
の収録は、シリコンバレーで
起業し活躍されている
 渡辺誠一郎さん。

 過去の失敗は傷にならず、
むしろ履歴書に堂々と書くことが
できる経験値になるという
お話が印象的だった。

 収録後、椎名林檎さんがスタジオに
いらして住吉美紀さんと三人で
トークをした。
 
 椎名さんの番組の中の一コーナー。

 椎名さんは『プロフェッショナル』
が好きで、よく見てくださっていると
いうのである。
 うれしい。

 歌詞に英語を使ったり、難しい漢字を
入れたりするのは、
 言葉の「意味」ではなく
音楽を聴いてほしいから。
 
 そう椎名さんは言った。

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2007年2月 7日 (水)

安楽のための装置

ボクが、この『プロフェッショナル日記』
を独立させてきちんと書いておこうと思ったのは、
 制作の現場で起きていること、
感じていることをきちんと活字にしておこう
と思ったからである。

 放送されるVTRの編集や、スタジオでの
収録に、いかに多くの人々がかかわり、
 心を込めて仕事をしているか、
 一視聴者として見ている時には気付かなかった
様々なことを感じる中で、
 心を行き交う不思議な色をした魚たちを
記録しておきたいと思った。
 
 歴史学者の渡辺京二さんは、
「ある文化の本質は外の人にしかわからない」
と言われる。

 テレビという文化の外から来た私だから
つかむことができる、
 本質のようなものがあるのではないかと
思う。

 フランス文学者の篠沢秀夫さんは
巨泉の「クイズダービー」に出て
「ひじょーにふゆかい」などと言いながら
笑っていて、
 その様子がとても愉快だった。

 電波の箱の中で見ていても
とても好きな人だったが、
その篠沢さんの最終講義が
 「文學界」に出た時、
感銘を受けた。

 フランスの古典的文芸の伝統の中では、
「椅子」を文字通り「椅子」と呼ぶことが
品のないこととされ、
 「安楽のための装置」などと言い換えて
いたという。

 そのような奥深い学問の滋味と、
巨泉のクイズダービーの愉快な人格が、
ひとりの人の中に共存していたことを知った。

 一方では
 「椅子」を「安楽のための装置」と
言い換えるようなディープな
精神的世界をテレビへと
つなぎ、
 その一方でテレビの世界で起こっている
出来事の本質を、
 たとえば「テレビ」を「椅子」で言えば
「安楽のための装置」のような
別の何かにおきかえるコンセプト・ワークを
することで、 
 世の中に動きを起こせたらと思う。

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』
はそのような試みをするのにふさわしい番組
である。

 ボク自身、毎回多くのことを
学んでいる。

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2007年2月 2日 (金)

句読点

『仕事術スペシャル2』
で、ゲストの方々の仕事術に加えて、
私自身の仕事術も公開された。

 むちゃくちゃなようだが、あれは全て真実
である。
 
 特に、顔を洗ったり、シャワーを浴びたり
といったどうしてもしなければならない
ことを、
 仕事の「句読点」として使うというのは
本当である。

 論文を書いたり、エッセイをものしていたり
する時に、
 一つのセクションが終わり、さて次に
どうしようと考える必要がある時に、
机に向かってうだうだ逡巡するのではなく、
えいやっと立ち上がってプラクティカルな
動作をする。

 その所作の間に、考え続けて、まとめて
しまう。

 極端なことを言えば、数秒の無駄もない精密
機械のように仕事が組み立てられている。

 なんでこうなっちまったかと言うと、
もちろん、やるべき仕事があり過ぎる
からであるが、
 必要は発明の母。案外うまく言っている。

 実は意識していたわけではない。
 取材されて、はじめて気付いた
ことがたくさんある。

 今回、住吉美紀さんがディレクターも
かねていて、
 茂木さんが水戸出張の時の夜と
朝の様子を取材させてください、
と言われた時、
 「えっ!」と思ったが、
 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、
恥ずかしいとか言っている場合じゃないなと
思った。
 
 それで、NHKの撮影クルーが
来て、
 固定カメラもセットして、
 全部撮っちゃっていいよ、とさらけ出した。

 そうしたら、自分でも普段気付いていない
様々なクセがわかった。

 「動作を句読点にする」ということも、
この取材を受けるまでは言語化した
ことがなかったように思う。

 自分自身を客観的に見つめるという
「メタ認知」は、さらに階段を上る
ための踏み台になってくれる。

 カメラは、時にそのような触媒
作用を持つのだろう。

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どっかりと動かない石

 収録。
 ゲストは、庭師、北山安夫さん。

 言われることが、いちいちとても豪快な
方だった。

 「10人中一人も賛成しなかったら、よっしゃ、
やったろうか、と思う。
 10人中5人が賛成したら、ちょっと待てよ、
と思う。
 10人中10人が賛成するようなものは、
絶対にやめとけと思う。」

 高校の時、野球部監督の言うことに反発
して、一年間ベンチで干された。
 
 それでも、北山さんは頑として自分の
考えを曲げなかった。

 「今思うのは、自分の立場を曲げないことは
いいとして、もっと周囲を説得すれば
良かったということです。
 とにかく意を尽くして、ありったけの言葉を
用いて、自分の考えを説明するしかない。」

 深く心に響いた言葉だった。

 ボクも、ある意味では高校の時の
北山さんと同じような立場にいる。

 脳科学の世界で行われている
「反応選択性」というアプローチは
間違っていると確信している。
 対抗軸として「マッハの原理」という
考え方を出している。
 
 しかし、自分が絶対に正しいという
確信を、なかなかわかってくれない
学者たちにこれでもか、これでもか、
と丁寧にしつこく説明する努力は
果たして万全か。

 もっと、徹底的に、かんぷなきまでに
やるべきではないか。

 自分の生き方自体を見つめる良い
きっかけを、北山さんの話が与えて
くれた。

 キャスターとしての仕事をしながら、
人生の学びも得られるからありがたい。

 北山さんが相手にするのは、
どっかりと動かない石である。
 その卓越した「石組」の技術は、
聞けば聞くほど惹き付けられる。

 元来、京都の庭は数百年といった単位で
その成長を考えるが、
 使われる石自体が、何万年という悠久の
時を経てきたということを、
北山さんは想う。

 十年、二十年なんて、大したことじゃない。
百年後、二百年後、いや千年後を想え。

 庭は二、三年では赤ちゃんのようなもので、
三十くらいでやっと本来の姿が見えてくるのだと
いう。


スタジオにて。左から、住吉美紀さん、小寺さん
(コデリン)、山口さん(さっちゃん)、北山安夫
さん

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