このような「解釈」もあり得るところに、エミリー・ブロンテの原作『嵐が丘』の偉大さがある
今回の『嵐が丘』の映画化は、ユニーク過ぎて、途中から何を見ているのか、見させられているのかと思った(笑)。
監督のエメラルド・フェネルのアプローチは独特で、その趣味、志向に合う人は人口の中でも少数派ではないかと思われる。
『バービー』のマーゴット・ロビー(キャサリン役)、次期ジェームズ・ボンドの呼び声もあるジェイコブ・エロルディ(ヒースクリフ役)、そして『アドレセンス』で鮮烈なデビューを果たしたオーウェン・クーパー(若きヒースクリフ役)といった豪華な俳優陣に恵まれながら、ハーレクイン的な恋愛映画ですらない(もっとも、宣伝のイメージからはそのような作品を想定するだろう)このような「奇妙な映画」を撮るのは、エメラルド・フェネルの才能だとは言える。
もっとも、原作の『嵐が丘』からは、かけ離れている。
興行的には成功し、最初の週末で制作費を回収したようだし、舞台となったハワースには観光客が殺到しているようで、とりあえずは良かった。一方、批評的にはかなり厳しく、ロッテントマトは58%。壊滅とは言えないが、絶賛とも言えない。
来週、私のシラスの番組でもとりあげる。
私は、これだけ勢いのある作品だし、監督はいわば「確信犯」だろうから、思い切って100点満点で10点くらいの点数をつけてもかえってリスペクトになるかと思う。
このような「解釈」もあり得るところに、エミリー・ブロンテの原作『嵐が丘』の偉大さがあるのだとすら思う。
ただ、映画を見ても原作の本質はわからない。映画は映画として見て、その後原作をちゃんと読むことをおすすめします。
3月 6, 2026 at 08:54 午前 | Permalink








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